クロチュウ「六調」ブラック

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▲ミノルさんに頂戴せし黒糖焼酎「六調ブラック」は40度、まるで強い上物ブランデーかラムみたい。本日は天音堂ギャラリー定休につき、夕暮れ時にやってきて独りでやってます。楽しき哉。FMラジオに合わせて踊ってみますか。






◆平明の堂守日記◆2007・4・11

ある月刊雑誌で、ジェンダーの視点からいろいろな問題を考えてみようという年間連載コラムを引き受けて原稿を書いた。第一回は「働くこと」というテーマで締切が四月五日。
久しぶりの依頼原稿で調子をとりもどすのに手間どったもののなんとか間に合わせた。
ところが諸般の事情で掲載が見送りになり、結果として原稿はボツとなった。
せっかく書いたんだから、誰かが読んでくれるかもと思い、ここに掲載しておく。

===============以下は平明原稿の転載デス☆縦16字75行(400字約3枚)

--------------------------【働くこと】---------------------------山口平明

平明クンは一九四三年、広島生れの神戸育ち、一九七〇年から大阪で暮している。

会社つとめは二十代の数年間のみ、三十代から二十数年間、ずっと一人で広告パンフレットなんかのコピー(文案)書きの仕事をしてきた。いまでいうフリーターか。税務申告では自由業ちゅうくくりである。

そもそも仕事は会社にだけ存するのであって、農民や職人のそれは仕事の主流ではなかった。

ましてや一人でわけの判らんことをやっとる徒輩は、社会の落伍者。

ほんでもなんとか飯を喰うとった。うちら家作も財産もない先祖伝来、筋金入りの貧乏人やったから、かせいだカネは「手から口へ」で首尾一貫。

平明クン、三十歳のときガッコのセンセと結婚して、子ができるまでの八年ほどは彼女のほうが家計の過半を支えてくれた。

この子というのが一人っ子で、名は天音=あ・ま・ね、出産時のトラブルからくる酸欠で最重度心身障害をおってこの世におでましになったわけ。

さ、さ、そこや。子が生れてからがほんま厄介やった。妻君は子を看るためにガッコをやめざるをえなかった。ぼくかて働かれへん。世の中で仕事が存するといわれる会社へかせぎに行かれへんからね。

なんでかちゅうと……………。

天音はケイレンと呼吸不全がひっきりなしにおきる。生後三年ぐらいは泣いて泣いてわずかしか睡眠がとれない。

コンビニみたいに二六時中、わてら夫婦して抱いとかんとあかんのやから大変。

貯金をくいつぶしながら飯喰いしていくとしても、もともと蓄えなんてしれてるから、このままでは一家心中しか残ってない。で、わたくしたちコンビニ夫婦はどうしたか。



平明クンは、社会や組織にある序列や階層が大嫌いなたち(質)。えらそうにされるとすぐキレル。

二十代の会社つとめのとき、行く先々で腹たてて不平をならしていたが、妻君がかせいでくれるようになって会社つとめをやんぺした。しゃあない奴っちゃのう。

生きるに難儀な子と死にたい死にたいと言うヨメハンを慰め鼓舞しつつ、なんとか飯喰うていかなあかん。

このときから平明クンは、子のいのちをもたせ、妻君に生きる意欲をもってもらうために、偉いさん嫌いのおのれ(我執)を捨てようと覚悟した。

三十代からこっち会社から仕事をもらって、心深くに断念をいだきキレず怒らず面従腹背に徹して飯のために仕事をした。懸命必死でかせいだ。

働くということは「いのち」をたもっていく有無を言わさぬ当為である。いのちを生まない男は、穴居暮しの原始人のように、毎日狩りにいきエサをとってきて家族のいのちをもたせねばならない。(了)

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by amanedo_g | 2007-04-11 20:21 | haymay 山口平明
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