【4日】8/3~8/10_夏季休廊です

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今年11月に個展を開いてもらう、フランスの女性画家・マガリさんから郵便で送られてきた荷物の宛名部分、「1」と「7」に特徴がある手書き文字。「5」も独特ですね。一昨年、個展をしてくれたミッシェルも、こんな数字を書いてました。







++++○++++10++++○++++20++++○++++30++

■【そぞろ通信】2月号 №5[+85]====================2002-2-16

       □「あまね通信」改題通巻90号□創刊2001年10月16日
        □発行/直接配信<BCC>□編著者/山口平明
         [1行32字で改行-等幅]転載は一言願います



□もくじ□
(1)お~い天音ちゃん---------------------------------C・K
(2)「天音亡きあとの二人」を読んで---------------------ロミイ
(3)FYI☆貝原浩さんの画展と画集-----------3/5-16@お茶の水
(4)片道書簡>Tさんへ-----------------------------山口ヒロミ
(5)身辺畸人伝・その二/ジロさん---------------------又重勝彦
(6)編輯後記ふう断片---------------------------------山0平明

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■1■お~い天音ちゃん・・・・・・・・・・・・・・C・K
                        (宮城県)

 天音ちゃん、私は1月15日で32歳になりました。前は1月15日が『成
人の日』だったので、家族に誕生日を祝ってもらいながら心の中で「天
音ちゃん,今年成人式だなぁ・・・」と思い出していました。

 私には7人の家族がいます。92歳の義祖母は気丈な女性ですが、私は
彼女の“老い”を軽蔑して接しています。平明さんが天音ちゃんのおば
あちゃんを老人ホームに入れる際、《僕らに悩んでいる時間はなく、天
音に助けられた》と書いていたのに触れ,考えました。義祖母が居なけ
れば、私と義母の嫁姑関係はもっとトゲトゲしくなった気がします。義
祖母の存在がクッションになって助けられているのね。

 66歳の義母は苦手です。「どうして私だけがあんな難しい姑と一緒に
暮らさなきゃならないの!」と夫・智幸さんとドロドロの喧嘩をしてい
ました。そんな時、ヒロミさんと平明さんが天音ちゃんの命に寄り添う
時間を大切にするために医療裁判を起こさなかった選択を知り、さわや
かさに打たれました。そこで私も考え方を変えてね、「姑に一生懸命で
あることが私の愛情表現だと思って」と智幸さんに宣言。今も続いてい
ます。気持ちを変えて義母と過ごすようになって、彼女はいつも丁寧な
仕事をする女性だと気付きました。

 70歳の義父は陽気な男性です。四世代同居が彼の陽気さに大きく支え
られていると思う。天音ちゃん、私には“義父不在ストレス”というの
があるの。義父が出掛けて、義祖母と義母と留守番をすることは憂鬱で
たまらず、子供達に八つ当たりして、自己嫌悪というパターン。

 義父は地区の行政区長の仕事をしていましたが、今年で辞めると話し
ていました。これで少しはストレスから開放されると思っていたら、後
任がいなくてあと3年続けると聞き、がっかりです。
 いやいや、あまねファンはプラス思考で行かなくちゃね。これからは
爺ちゃんの陽気さの秘密を探ろう。

 33歳の夫・智幸さんとは9年前の夏に松島で出会いました。お見合い
です。寛容な所に惚れました。
 7歳の香苗はね、クジ運の強い女の子です。今年の初売りのクジ引き
で自転車を当てたの。
 4歳の梢は雪の日に生まれたので色白です。
 1歳7ヶ月の哲也は、何でもポイ! 今までお皿を5枚、急須を1つ
、茶碗を1つ割られました。

 兼業農家の我が家の夜は早くて、9時に私が仕舞風呂。窓の外が煌々
とするので見てみると「わぁ満月だぁ」。
 月は満ちたり欠けたり。家族は泣いたり笑ったり。「お~い、天音ち
ゃん、私はここに居るよぉ~」これからも天の音を聞かせて下さいね。

  1月29日
                      
 山 口 天 音 様

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■2■「天音亡きあとの二人」を読んで・・・・・・ロミイ(大阪市)

 平明さんの脱力感が全ての文からにじみ出しているのをただただ感じ
ていた次第です。

 でも、号を重ねるにつれ、少し、また少しと生きる方向に向けての心
の準備(?)といったものも見てしまうのは私の勝手な憶測、或いは期
待感なのでしょうか?

 人の命に限りがあるが故にとは言え、どう生きるかのテーマにいつも
いつも振り回されるのも、はなはだ面倒なことであり、また実際かなり
くたびれているのですけれど・・・

 それでも平明さんの通信が、何処へ向かうのか一生懸命な気持ちで見
させていただいています。

 ┌---------------------------------------------------------┐
  <YHこめんと>少し、また少しと書いていきます。thanks.

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■3■For Your Information【画展と画集・・・貝原浩】

 ★貝原浩画展○2002年3月5日(火)~16日(土)11時半~19時
 日曜お休み○御茶の水画廊-東京都千代田区神田淡路町2-11
 電話03-3251-1762 <5月倉敷、6月京都でも開催予定>

 ★貝原浩鉛筆画集『Far West』現代書館発行

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 讃
 一本のエンピツの芯の先から広がる
 モノクロームのイメージ
 画家は いま
 すっかり画のなかに溶けこみ
 遊んでいる
 机の上に
 ちびたHBのエンピツと消しゴム
 が転がっている
 はるかな極西への 幻想の旅
 葡萄牙(ポルトガル)、洪牙利(ハンガリー)、
 露西亜(ロシア)、玖馬(キューバ)-------
                  阿奈井文彦
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■4■Tさんへの手紙(2001/12)・・・・・・・・・・・山口ヒロミ

 今年も残り少なくなってきましたね。先日はお手紙ありがとうござい
ます。

 天音が亡くなって、わが家の大変な時期と重なるように、Tさんのご
家庭にも嵐が吹いていたんだとわかり、胸がしめつけられる思いでお手
紙読ませていただきました。

 よく頑張られましたね。夫さんが車を運転するまでに回復されて本当
によかったです。どうしていつもいつも思いもかけないことが起きてく
るのか、どうして自分だけが… と私は夫が倒れた時に何度も何度も思
ったものです。

 でも、天音が亡くなり、平明もなんとか無事に回復した今、ぼんやり
と一日を過ごしていると、あの大変な時、天音が生きていて一日をバタ
バタと家族の世話で時があっという間に過ぎていった頃が、なんという
にぎわいに満ちていたことかとつくづく思ってしまうのです。

 例えば、今年になっていろいろな所へ旅に出かけても、旅が終わって
家に帰ってきたあと、自分だけの楽しみの小さくささやかなことに気づ
き、急に気持ちが落ち込みます。天音のために忙しく、何ひとつ自分の
楽しいことなどできないと思っていたあの時の、充実した胸の奥からわ
き上がる満足感。あれにまさる思いはもう多分ないのだろうと。

 「次から次へと悩みはつきませんが、日々頑張っています」と書かれ
ていて、私は自分のことのようについつい泪があふれました。
 この悩みがつきない今、Tさんにとって一番にぎわいに満ちた日々な
のだろうと、無責任な言葉のようですが、私は遠くから見守っておりま
すね。

 私と平明は少しずつ新しい生き方を捜して歩みはじめました。まだま
だ何にも見つかっていませんが。
 どうぞくれぐれもお体に気をつけられてお元気で穏やかな年末や新年
をお迎えください。

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■5■身辺畸人伝・その二/ジロさん・・・・・・・・・又重勝彦
                         (東京八王子)

 この人は母の二番目の兄だ。私には母方の伯父。「ジロさん」は母が
伯父を呼ぶときの愛称である。初対面は私が中学一年生のときで、ジロ
さんは六十歳前後であったろう。今からおよそ五十年前になる。何をし
ている人かわからない正体不明の雰囲気があった。それで私は「伯父さ
んのことを友だちに話すときどう紹介したらいいでしょうか」と、まわ
りくどい聞きかたで打診してみた。「文士くずれとでも言えばいいさ」
とジロさんは答えた。中学生ならそれで十分わかるとでも思っているら
しいジロさんに私は重ねて問うことはやめた。

 ジロさんの雑談には報復絶倒の失敗談や知られざるエピソードなどが
いっぱいあった。

 ある年の冬、東京には珍しい大雪の中を、ジロさんは首相官邸に行っ
た。秘書官をしている友人に会う用があった。会うと友人は「いいとこ
ろに来た。これを預って守ってほしい」と言って紫のふくさに包まれた
ものを渡した。何かときくと「新しい内閣をつくる場合の金だ」ときか
されて驚いた。緊迫した空気はただごとではない。このときジロさんは
二・二六事件の中にふらりと入りこんでしまったのだった。ジロさんは
一室にこもった。将兵たちがその部屋を見逃したので助かった。事件に
結着がつけられたとき、ジロさんは友人に金を返しに行った。すると友
人は驚いて言った。「こういう場合の金は公にはならない。返さなくて
もいい。返しに来たのは君だけだし」。今度はジロさんが驚いた。そん
な慣例も機密費のことも夢にも知らぬジロさんは友人に言った。「そん
な金はいらん。おれを見そこなうな。絶交だ」。

 絶交。今では死語というものになったのかもしれない。が、ジロさん
は筋の通らぬことを言ったりしたりする友人には即座に絶交を宣言する
のであった。そんなジロさんのことを友人たちは「土星から来た男」と
呼んだ。

 ジロさんの親友は詩人であった。その詩人の兄は『広辞苑』にも載っ
ている中野正剛である。中野正剛は、政治学の丸山真男評によると、〝
代表的な右翼〟だ。が、ジロさん自身は右翼ではなかった。親友の兄と
しての中野正剛と親しかったのである。中野正剛は時の東条英機首相を
弾劾したため憲兵に連行されて密室で責められた。中野はその日、自宅
に帰され切腹した。同じ日のジロさんは、中野が憲兵に拷問されている
ことを知らなかった。知っていればやめさせる方法がジロさんにはあっ
た。だから、中野正剛を死なせたことを終生の痛恨事として恥じた。

 私は二十歳のころ、鎌倉市の古いアパートの六畳間に独り住まいして
いるジロさんを訪ねた。居候させてもらうためだった。その私にジロさ
んは言った。「富士山を一センチの高さにして、その基準で立体地球儀
を作ろうと計算したら、完成したときはこの部屋より大きくなるので困
っている」。私はそんなものを作られては寝る所がなくなると心配した
。(YHこめんと=うちの古い広辞苑に出てましたよ、中野正剛)

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■6■編輯後記ふう断片show the keroyon・・・・・・・・山O平明

(1)CKさんは、もともと松下竜一さんの読者。「草の根通信」
で平明の文を読んでからやりとりが始まった。「天音ちゃんに毎夜お手
紙を書くみたいに日記をつづっています」。早速原稿をお願いした。H
TML形式で送られてきたのでとりこめない。永遠ビギナーYHは困り、
テキスト形式で再送信を要請。いずれにしてもメールソフトの初期設定
が、HTMLになっているのが問題といえば問題。ともあれ四世代八人
暮らしの営みにエールを送ります。

(2)ねえロミイさん、わたしらは、どう生きるか、ずっと問いつづけ
て果てるのでしょう。時間が何よりクスリ、という処方は「あなた任せ
」に過ぎる、と書いた女性がいました。情か、はたまた理か、二項対立
図式はブッシュジュニアに任せて、情に裏打ちされた理とつながり出あ
って生きたいものです。春、貴女の門出の無事を祈ります。

(3)山口ヒロミさんの本『寝たきり少女の喘鳴koeが聞こえる』の装
丁/ブックデザインをした貝原浩画伯から案内来信。画集は予価二千円
。極西の旅先から「絵」葉書をよくもらった。帆布の特製天音バッグは
いつもお伴したようだ。なぜかっていうと、葉書にはかならずバッグが
そっと描かれていたから。

(4)ヒロミさんの手紙はTさんへの郵便です。投函まえにちょっと読
んでくれといわれて目を通したとき、これは手紙文芸を標榜する「そぞ
ろ通信」にぴったりの中身だと直感。本人にPC入力してもらい掲載。
編集者の焔homuraがちょっくら出てきよりましたわい。

(5)お気づきになりましたか。そうそう「身辺畸人伝」の<畸>が出
ていることに。手書き原稿の見出しのところに、又重さんは「畸」の横
へカッコにいれて「奇」と書いてくれてました。スマン。IMEパッド
というキーボード以外で入力する機能で探索したら出てきよりました。
あのときゃ/あたしは/アホでした。頭韻ふんでるのん、判るぅ~。

 Eメールにはページがない。インターネットのWEBサイトにも書籍
のようなページはない。ともにパラパラめくりができないのが不自由で
はある。日本の和綴じ本でページという考えはあったのだろうか。まあ
いうならば、メールもHPもかつての巻物に似ていなくもない。

 昔、手紙も巻紙に筆でしたためておったな。墨痕、水茎の跡も鮮やか
に、なんてねえ。貝原画伯は筆ペンを巧みに使われる。愚生も自著への
サインや郵便手紙は筆ペンで書く。この郵便による便りのことを絵手紙
ならぬ【書手紙】shotegami と呼んでいる。PCやワープロ専用機の文
字に倦むと、筆ペンで書手紙を描いて愉しむ。

 今回は編集者に終始。いささか寂しい。されど肩凝りが限界。ローマ
字入力が不向きかもしれぬ。まあそれでも編集が好きなんだなあと納得
する。広告のコピーの仕事、全然やっとらん。食うのに窮してきたけれ
どその方面の仕事はない。五十八歳というたら、ぼくが子どものころは
定年で引退してたよな。

 片付けも整理もやる気が起きない。身辺整理を年初に目標にするがで
きないままに数年がたつ。ときに目をつむって捨てる。本を売る。でき
た隙間はたちまち埋まる。生きるのは常に途上だといえばそのとおりだ
が、かつ消えかつ結びか。彼岸への旅立ちに用意などいらない。砂漠に
横たわる白骨体。やがて砂がそれをおおいつくす。愚生の貧寒なる死の
ありうべき姿。また次号まで。では。

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文芸メルマガ「そぞろ通信」5号_2002年2月号ここまでogennkidene
●感想の宛先:amanetant81@hotmail.com
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by amanedo_g | 2008-08-04 20:29 | haymay 山口平明
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