【5日】夏休み中です~8/10

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受贈図書「大阪人」、月刊誌、発行/財団法人・大阪市都市工学情報センター、8月号と9月号は生野を東西に分けて特集しています。画廊内の書架に設置、読みにきてください。






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■【そぞろ通信】3月号 №6[+85]====================2002-3-19

       □「あまね通信」改題通巻91号□創刊2001年10月16日
        □発行/直接配信<BCC>□編著者/山口平明
         [1行32字で改行-等幅]転載は一言願います
          ★感想宛先/amanetant81@hotmail.com 

□もくじ□
(1)断想/二十年の旅を終えて-------------------------山口平明
(2)息子が亡くなった病院でボランティア---------------杉野原香
(3)身辺畸人伝・その三 テラさん---------------------又重勝彦
(4)編輯後記ふう------------------------------------ごぞんじ

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■1■
 断想/二十年の旅を終えて---------------------------山口 平明

 溜息をつく。そばに人がいるからついている。独りでいると溜息はつ
かないものだ。

 下手な考えをめぐらし、よしこれでいこうと決意した束の間だけ明朗
快活になる。お線香よりも短い。誰かよい聞き手はいないものか。ひと
りとして思い浮かばない。

 上野瞭さんが一月下旬に死去。面識もなく本も読んでいないけれど、
新聞に書いた短文を読んでなんとのう親しみを感じていた。図書館でエ
ッセー集を二冊借りて読んだ。PHPと晶文社。夫人がつくるHPに、
家での最期の模様が日記として綴られていた。よかったなあ、おうちで
。ご夫婦とも京都人。

 日本語をわざわざローマ字で入力し、変換して想定どおりの結果を画
面で確認ののち確定する。これがPC上で文を書く行為、デジタル筆記
というものである。チはtiでありchiにすると打鍵数が一つ多いか
ら、どうしてもヘボン式よりも訓令式を採用、いまは第一表式というら
しい。

 妻と義母の三人連れで琵琶湖の東にある彦根に行った。
 昨秋、義母は夫を亡くしていた。
 彦根城は山に築かれていた。
 壕が囲む城内に入った。
 梅林の間の道を歩くと幽冥の気がただよう。
 つぎに赤い花が目立つ藪椿がつづく。
 雨が降りだし天主で雨宿りをしようとぬかるみ坂を登る。
 八十路の義母の手を引く妻。
 本降りになって売店で傘をもとめ表門へ下る。
 かんぽの宿にもどると、二人はすぐ風呂にむかった。
 ほんとに穏やかなよい旅だった。

 二月、映画をつづけて見た。「よみがえれカレーズ」「カンダハール
」「地獄の黙示録/特別完全版」「化粧師」、二十年間はげしい出来事
がわが身にのしかかっていたから、映画の絵空事はもういいと見限って
いた。銀幕に映る劇を、いまやっと見られるようになった。かつてのこ
うしてはおれないという焦慮の気分が薄らいできたのかと感じる。
 「化粧師」。主人公は男ではあるものの女たちがとりどりの花として
丁寧に描かれていていい。青鞜も出てきた。田中光敏の初監督作品。石
ノ森章太郎の原作にないある仕掛けがあり、終盤、菅野美穂の叫びによ
りそれが明らかになる。椎名桔平が演じる落ち着き払った主人公の静け
さがこころに沁みた。

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■2■
 息子が亡くなった病院でボランティア-----------------杉野原 香

 山口平明さま・ヒロミさま。ご無沙汰しております。いつも「そぞろ
通信」をありがとうございます。
 天音ちゃんを亡くされたおふたりのあとを、今は「そうなんだなー」
とひとつひとつ確認するかのように感じます。私自身はまだまだです。
息子の月命日は、今日でやっと七回目になりました。今日は、不思議な
日でした。

 息子はあまり入院する事もなく逝ったのですが、入院した時には面会
時間になるまで、汗だくになってひとりベッドで泣いていました。
 看護婦さんは良心的な方々ですが、どうにもヒマというものがありま
せん。そんな思いがあったので、今年に入ってから「病棟での遊びのボ
ランティア」の講習に参加しています。先月で講義を終え、今日は初め
て病棟での実習でした。息子がお世話になっていたこども病院での実習
でしたので、息子が亡くなって以来、七ヶ月ぶりの病院です。主治医だ
った先生にも病棟の前でお会いしてきました。

 病棟ではこどもがたくさん居たのですが、自然ななりゆきでしょうか
、私は重度障害のお子さん担当になりました。直樹にしていたように本
を読んだり、歌ったり、手遊び歌でスキンシップをしたり。遊んだお子
さんの名前を入れて歌っていたのに、一度だけ我が子の名前を入れて歌
ってしまいました。

 そして、今日は………我が家の結婚記念日でもあります。息子は亡く
なりましたが、我が家にはもうひとり元気な娘がいます。身体は小さく
、存在感の大きい子がひとり、いなくなってしまいましたけれど、我が
家の基本的な所に、今も息子が居てくれる気がします。

 この思いはいつ、どう変わっていくのか………全然分かりません。今
回、ヒロミさんのTさん宛てのお手紙(平明註/2月配信の5号に収載
)を拝見し、また、新たな思いが胸をかけめぐりました。結論など出る
わけもなくうまく言葉にはできません。また、おふたりの通信をお待ち
してます。
 いつも、私の前を歩いていらっしゃるおふたりの言葉を拝見でき、心
強いです。春はすぐそこまで来ていますね。どうぞお体に気を付けて春
をお迎えください。(神奈川・横須賀)
★杉野原さんのHP http://www.geocities.co.jp/SweetHome/1284/

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■3■
 身辺畸人伝・その三/テラさん-----------------------又重 勝彦

 テラさんは初めて東京に出てきた日、上野駅に降り立つとタクシーに
直行し「西郷さんの銅像まで」と言った。大学受験のときである。薩摩
人ではないのに受験生の身でまず西郷像を見に行こうとした理由は誰も
聞いていないようだ。私もテラさんにたずねたことがないのでわからな
い。しかしテラさんらしいというのが本人を知る者たちの見解である。
もっともその見解に根拠があるのかというと別にない。

 大学ではギリシア哲学を専攻した。ソクラテス、プラトン、アリスト
テレスの哲学である。昔、学生が野外で読書しているところを猪に襲わ
れたとき、とっさに本をかかげて、アリストテレスだぞと言うと、猪が
逃げていったというくらい難しい学問である。

 テラさんに私が初めて会ったのは、私が学部の学生でテラさんは大学
院生のときだ。挨拶すると「やあ」と笑った。歯が一、二本なかった。
髪は既に白髪が半ばを占めていた。

 大学を出たテラさんは、ある大学の講師となってギリシア語やドイツ
語を教えた。講師控え室にいると、初老の学者が入ってきて声をかけた
。「お生まれは何年ですか」と聞かれたので「十四年です」と答えた。
雑談をしているうちにどうも話題がくいちがう。相手は不審そうに「大
正十四年の生まれでしょ」と念をおした。テラさんは驚いて言った。「
昭和です」。過剰に老成した人であった。

 確か横浜あたりに下宿していたはずだ。大家さんは農家の人であった
が、テラさんを気に入り「好きに使いなさい」と農家をまるまる一軒提
供した。学生時代と講師時代をここで過し、ある県の大学の哲学教師に
なったときに引越した。ここでテラさんの万年床の話が出る。テラさん
がふとんをたたもうとすると、敷きぶとんが動かない。ふとんが疊と一
体化して離れなかったのである。

 テラさんの実家は農業であった。そこで農繁期には帰省して農作業を
するのがならいであった。この哲学者はだから肉体労働が平気だった。
私はあるとき、テラさんの風貌がソクラテスに似てきたことに気づいた


 テラさんがガンで死んだときは六十歳になっていなかったのではある
まいか。独身であった。葬儀が済んでから何日めかに、テラさんの同期
の友人が、まだテラさんの住まいのままだったマンションに行き、留守
電を再生したところ、若い女性の教え子の声が入っていた。「今、ギリ
シアにいます。先生からうかがったギリシアをひと目見たくて来てしま
いました」。亡きテラさんと承知の上でなおギリシアから電話をかけず
にはいられなかったのである。

 死の半年前、テラさんは病室で「ソクラテス論」を書き続けた。私は
その姿を見ていた。テラさんはそんな私に言った。「うめえ煮込みを食
わせる呑み屋がなくなったなあ」。私の厳粛な緊張感はストンとひっく
りかえってしまった。(東京・八王子)

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■4■
 編輯後記ふう-----------------------------------------平 明

 (2)の杉野原香さんは、「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」
誌でわたしたちのことを知り「あまね通信」の読者になった人である。
「そぞろ通信」の感想としてもらったメールを掲載。ご本人のホームペ
ージを見てあげてください。こういうのをハイパーリンクというのでし
ょうか。

 三月十五日締切の確定申告の作成、義母と妻との二泊三日の旅やらで
、毎月十六日発行を落とした。天音の月命日にあたる十六日は彦根にい
た。今日は十八日である。「そぞろ通信」が来ないのでぼくの体調を心
配して問い合わせをくれた人がただ一人いた。嬉しくて早く発行しよう
とPCにへばりつく。

 テキストエディタはこれからのPCによる執筆環境と態勢を考えたら
、行数や原稿枚数が計算できない現在の「メモ帳」ではしんどいからあ
ったほうがいいだろう。前に書いた「秀丸」は難しかった。ワープロ専
用機のように入力画面を簡単に用意できるエディタがほしい。万年筆と
原稿用紙みたいにといえばいいだろうか。

「WZエディタ」が編集者によく使われているらしいが、オンラインでは
入手できない。日本橋のPCショップ街にソフトを買いに行かなくては
と思っていたところ、鐸木能光さんが自著でさかんに推している「QXエ
ディタ」ならオンラインで手に入るとわかった。しかもこれは縦書きが
できるという。
 今この文章はQXの横書きで書いている。1行の文字数や行数はガイド
でよくわかるから書きやすい。行間の空きもとれるから眼の動きも楽だ
。もっともワープロ専用機ではあたりまえのことだけれど。

 鐸木さんはぼくと同じころに「草の根通信」に書いていた。小説家な
のにPCに強い人であり、この方面の著作も多い。文章を書くためには
ワープロソフトはいらないと主張する。ワードも一太郎も不要です、と
いわれても使ってない/使えない小生には判断しがたい。もちろんぼく
の理解はまだまだで、ファイルについても難しくてほとんど解っていな
い。これから鐸木さんの本で勉強していこうと考えている。未来社の西
谷能英さんの『出版のためのテキスト実践技法/執筆篇』ではあの秀丸
を推薦みたいだが、読んでみようと思う。

 過日、久しぶりにワープロ専用機「富士通オアシス」で書こうとした
ら、ミスばかり。急ぎの仕事なのであわててPCの「メモ帳」にきりか
えた。自分でも自分の指、いや頭に驚いた。じっと手を見る。忘れる能
力は底がしれない。でもオアシスのキーボードの楽さを再発見。このと
きからPCのキーボードの手前にハンカチをたたんで手首を置いている
。手枕じゃな。腕枕かな。

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★手紙文芸誌「そぞろ通信」3月号はここまで。お便り待ってますよ。
(^○^)/ お便りも原稿注文も> amanetant81@hotmail.com
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by amanedo_g | 2008-08-05 08:05 | haymay 山口平明
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