【8日】八月十日まで夏休みです

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ひろしま美術館の庭園にて、080807撮影




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■【そぞろ通信】4月号*7号[+85]====================2002-4-16

       □「あまね通信」改題通巻92号□創刊2001年10月16日
        □発行/直接配信<BCC>□編著者/山口平明
         [1行32字で改行-等幅]転載は一言願います
          ★感想宛先/amanetant81@hotmail.com 

□もくじ□
(1)漫歩系--------------------------------------------山口平明
(2)FYI/貝原浩画展@倉敷 山口ヒロミ銅版画展@大阪豊中
(3)読者からのメール----------------------------------中井幸子
(4)身辺畸人伝・その四 M氏--------------------------又重勝彦
(5)編輯後記--------------------------------------------文光堂

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■1■
 漫歩系・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山口 平明

 詩人の谷川雁が二歳の息子を亡くしたことを逆修(ぎゃくしゅ)と書
いていた。辞書には、《年長者が自分よりも早く死んだ年少者の仏事を
行うこと》とあった。逆縁と同じ意味だな。未知の言葉にであうとなん
だか偉くなったように感じる。もともとわたしは知ったかぶりを嫌って
いるのに、仕入れたばかりの言葉を人に教えてやりたくなる。こうして
いまも書いた。莫迦としかいいようがない。浅薄。

 蔵書というほどでもない。莫迦だから未知の言葉の固まりになってい
るような本を見つけると、心が騒いであとさきを考えずに買った。その
挙句、たまってしまった本らを死蔵書という。莫迦の固まりが部屋のそ
こらに小群落を形成しておるようなわけで。

 群落を崩すべく吹田の老舗の古本屋さんに売却したいと電話すると、
千冊ぐらいないと行けないとおっしゃる。この店にはふた昔前、二回ほ
ど引き取りに来てもらった。過去の実績は勘案してもらえない。捨てれ
ばよいのだが、本はなぜかゴミに出せない。心が躍ったあの未知の言葉
の固まりも、時日を経ると紙魚をはさみ埃をのせた紙の固まりに過ぎな
い。そもそも自分は後生よりも今生が大事と言うてきたではないか。

 千日前に新しく出店した古本屋さんに来てもらい数百冊を持っていっ
てもらった。引き取り金額は「全集は売れない」との理由でスカみたい
な値だった。引き取ってもらえただけでもよしとしよう。治、朔太郎、
鱒二、泰淳、雄高、隆明、雁、カフカ、みんなサヨナラ、さらば愛しき
人よ。天音がやってくる前からうちにいる人にも暇をだした。もう逢う
こともないだろう。ロング・グッドバイ。

 四月某日、北尾トロという人の『ぼくはオンライン古本屋のおやじさ
ん』(二〇〇〇年九月刊、風塵社)を市立中央図書館で借りて読んだ。
著者がライターの副業として無店舗インターネットの古本屋を経営。H
Pの目録を見ると、わが死蔵書でも売れそうな案配だ。メールでまず雑
誌の査定を依頼。鳩よ!、NOW、創刊ごろのブルータス、リテレール、
著者と編集者、自由時間などのバックナンバーを箱に詰めて送る。送料
はこっちが負担する。荷造りが骨だが、古雑誌がまた世に出ていけると
思うと作業もさほど苦にならない。なによりも群落が減り、部屋に隙間
が生まれるのでほっとする。

 自転車の後ろの荷台にバッグいっぱいの漫画本をのせて、心斎橋のブ
ックオフに持ちこむ。四冊のみ百六十円、ほかは買えないという。持ち
帰るのは面倒なのでおいてくる。同行の妻が「ただで仕入れてきっと売
るのよ」という。そうかもしれない。
 別の日、心斎橋の古書店で、彫刻家の高田博厚のエッセー類数冊を納
得の値で買ってもらう。愛蔵書を評価してくれると嬉しい。ここは去年
から出入りしているのでもう顔なじみ。
 二十年前の小説、ほとんど函入りのものを十数冊、トートバッグで運
ぶ。重い重い。ミナミのイサオ書店で小母さんに「うちは買い取りして
ない」と追い払われる。昔、天井に近い棚に陳列されていたボードレー
ル全集をここで買ったのになあ。肩が抜けそうになりつつ、日本橋の宮
本書店に持ちこむ。おねえさんが、初版やからと椅子の上に本を投げな
がら千五百円で買ってくれる。売るときのこの屈辱と侘しさよ。買うと
きゃ感じないのにね。それはそうと店番に親爺さんが居ないのは何故な
んだ。それにしても古本屋さんはたいへんな商売だ。

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■2■For Your Information
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 ●貝原浩・画展○5月1日(水)~6日(月)@倉敷
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 山口平明さま、おばんです。いつも「そぞろ通信」ありがとうござい
ます。
 今年こそは筆無精を改めようと思って三か月、だめですね。心と体が
しんどくなると、ついついメールを送るのもおっくうになります。
「そぞろ通信」いつもプリントアウトして、貝原氏には見せています。
古い人間たちです。又重さんの文章は、特に好きです。…略…
 貝原氏の倉敷の日程をお知らせします。(りつこ)

 ★場所:ギャラリー十露(JUROU) 倉敷市本町3-9-1 JR倉敷駅下
 車南へ徒歩12分 大原美術館近し TEL086-423-2577
 ★日時:5月1日(水)~6日(月) 11時~7時

  倉敷生れの貝原画伯によると「倉敷の路地裏散歩はなかなかいいで
 すよ」とのこと。戦前、ぼくの父は倉敷の地元紙で働いていた。
  先ごろ「毎日新聞」の読書欄に『貝原浩鉛筆画集』が紹介された。
 東京での画展では《連日の痛飲》だったそうな。現代書館、三月刊、
 二二〇〇円。画集の注文取り次ぎます。

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 ●山口ヒロミ銅版画展○5月7日(火)~15日(水)@豊中
 *******************************************************
 ★会場:障害福祉センターひまわり/1階ロビー 大阪府豊中市稲津
 町1-1-20 (4階建て) 06-6866-1011 阪急宝塚線「庄内」下
 車国道176号 北へ徒歩10分 
 ★日時:5月7日(火)~15日(水)10時~5時
 『イノチの天音』(ジャパンマシニスト刊)の原画を豊中市立障害福
 祉センターひまわりで、講演会の前後に展示します。天音を、絵や本
 の形であなたのお手元にいかがですか。
 
**【山口ヒロミ講演会 イノチの天音-響きあう家族のとき】**
 ★5月11日(土)午後2時~4時半 参加費200円 保育あり(お
 やつ代100円)連絡をお願いします。
 ◎主催:豊中「障害」児・者の生活と進路を考える会 豊中市春日町
 3-6-8 06-6844-9771 後援/豊中市教委・豊中市教職員組合

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■3■読者の感想メール紹介
平明氏の「溜息」(3月号)にひとこと・・・・・・・・中井 幸子

 すみません。どうでもいいことですが……。
 わたしは、ためいきはひとりの時につく。
 人前ではついたことがない、と思う。
 ゼッタイとも言える。
 なにかのデーターにでも、と思い。
 中井でした。

★へいめいこめんと----------------------------------------------
 三行目、中井さんは《と思う》と言いながら、次行ではきっぱり《ゼ
ッタイ》と言いきる。
 言葉を刻むことはもう一人の自己との対話。
 咳をしてもひとり、というような句があり、言葉になる前の音もまた
人と人をかかわらせてしまう。
 溜息の音しかり。幸子さんはもう一人の自分に溜息をついている、と
思う。
 関係のなかでの音、あるいは沈黙という表しかたを考えているときが
ある。沈黙もまた人と人をつないでしまっている。
 ぼくとわたしを対話させてくれた中井さんに感謝。

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■4■

身辺畸人伝・その四/M氏・・・・・・・・・・・・・・・又重 勝彦

1)ふとん
 M氏は低所得者独身男性専用の公営アパートに住んでいた。このアパ
ートは今はない。四階建ての古いがよくできた建築物で、私はときどき
泊めてもらった。M氏は三階の六疊間くらいの広さの一室にいて、校正
の仕事で細々と暮らしていたが、そのM氏に私はしばしば金を借りてい
たから、太てぶてしい私であった。私は病気療養中で失業者だった。

 M氏は熱心な法華経信者で、一階に住むO氏とよく宗教論を戦わせた。
O氏も私の友人である。O氏は写譜という楽譜を筆写する仕事で生計を
立てていたが、音楽にうとい私が説明すると間違えそうなので控える。
O氏もやはり熱心な法華経信者で、ふたりとも日蓮の信者であるが、創
価学会の人ではない。どこかの教団に入っているのかどうか、こういう
方面も私はさっぱり興味がないので、とんとわからない。独航船という
感じがした。

 初めてM氏の部屋に入れてもらったとき、疊の上に黒い丸い模様が整
列しているのが目につき「変った疊だな」と言うと「タバコの焼けこげ
だよ」とM氏に言われた。「ずいぶん多いが、どうしたの」ときくと
「寝タバコだ」とのこと。驚いて「こんなに寝タバコで焼けこげがある
なんて、そのうち火事になるよ」と私が言うとM氏は「こんなに寝タバ
コやって今まで火事にならなかったんだ。火事になるものか」と反論し
た。彼のその自信の根拠がどこにあるのか、私にはわからなかった。そ
の日は泊めてもらったが、ひとつしかないふとんを私に与え、M氏は着
たままのごろ寝であった。「マタさんは病人だ。おれは日頃こうしてい
つ第七天の魔王に襲われてもいいように備えているんだ」と言うので、
なんだかよくわからないが、ふとんに寝かせてもらった。

 次の週、M氏を訪ねてまた泊めてもらうことになると、M氏はおし入
れから新しい立派なふとんを一式出してくれた。「前のふとんどうした
の」「寝タバコで焼いた。夜中、煙いので目が覚めるとふとんに火がま
わっていて使いものにならないので捨てた」「よく火事にならなかった
ね」「だからそういったじゃないか」。一問一答方式で続けるとこうで
ある。「それでふとん新調したんだな」「いや、廊下のお向いのおじい
さんにもらった」「ずいぶん気前のいい人だね」「前から、おれに、自
分の新しいふとんをあげると言っていたんだ。おれがときどきおじいさ
んの用事をしてあげてたから、そのお礼だと言っていた」「じゃあ、お
じいさん、もうひとつふとんを持っているわけか」「ここの住人でそん
なゆとりのある者はいない。いらなくなったんだよ」「どうして」「お
ととい亡くなったんだ」「えっ」「今日お葬式だった」「じゃ、このふ
とん、おじいさんの死体が寝てたの」「うん。遺言があって、みなの承
知の上でおれのものになった。マタさんが初めて寝るんだ」

 私はありがたくそのふとんに寝た。朝まで夢ひとつ見ずぐっすり眠っ
た。

2)Oさんの部屋
 あるときO氏の部屋を訪ねた。彼がかかわっている小さな交響楽団の
機関誌について打ち合わせをする用があった。彼はそこの編集局長であ
った。といっても編集局にはO氏ひとりだけしかおらず、彼自身は音楽
のことなら通暁し楽器も演奏できたが、新聞を作るのはまったくの素人
だ。書評紙記者くずれの私は新聞のノウハウはわかっていても音楽につ
いては何もわからない。お互いの“衆智を結集”して作ろうと、楽団の
理事長の、この人も相当おかしな人物であったが、そういう判断に従っ
てしまった。O氏の部屋が作業場になった。北向きのため冬は日が当た
らず、骨の芯から冷えた。ガス・ストーブは何の役にも立たなかった。
それで私はときどき四階の南向きのM氏の部屋に避難した。M氏の部屋
は暖かで、心臓病の私には救われる思いであった。私はM氏に「Oさん
の部屋はラスコールニコフの部屋だ」と言った。O氏と作った新聞は十
年続いたが、あるとき話せば長くなるので省略せざる得ない珍事によっ
て、刷り上がって束ねられたまま、製版・原稿一切ともにどこかに消え
てしまい、終刊となった。

 で、この日、O氏は不在であった。ふと異様な、どこかでいつか嗅い
だはずのにおいがかすかに廊下に流れてきた。何のにおいか思い出せな
いまま帰った。二,三日してM氏を訪ねると「O氏の向いの部屋のおじ
いさんが亡くなって死後三日めに発見された」と言われた。あ、あれは
屍臭であったのか、なんと私はうかつであったことかと愕然とした。

 M氏を語るにあたり、このアパートの話は切り離すことができないの
で、長い前書きになったが、あるとき私は女房のフウさんを連れて行っ
たことがある。このときのこともやはり書いておいたほうがいい。

 フウさんは俗に“浮遊霊”と呼ばれるこの世にあらざる存在が見えて
しまう感度の強い女である。そのうえ、知り合いの誰かが死ぬときは、
そうと知らずまったく遠方にいるときでも、自分の名を呼ばれる。とき
おり、日常の中でふいに「今、わたしを呼んだ?」と聞かれて「いや呼
ばないよ」と答えると、やがて誰かの訃報が届くのである。彼女はアパ
ートに一歩入ったとたん「この廊下、誰かいる。ひとりじゃないわ」と
言った。Mさんは「そりゃあ、いますよ。死んでも行きどころのない者
たちが住んでいるんだ。いておかしくない」と笑った。私はこういう方
面についてもさっぱり何も感じないし興味もない。しかし、そうと聞く
とさすがに気になる。いつだったか、アパートに入ったとき、廊下でバ
ケツの水を各部屋のドアやら壁やらそこらじゅうにまき散らしている老
人がいたので、O氏にそのことを言うと「あの人は、このアパートの悪
霊を追いはらって浄めているんだ」と、こともなげに答えた。その前の
週に、O氏の同じ階の中年の男がドアを出たときに、隣りの部屋の老人
が同時にドアを開けて出てきたというだけのことで、出あいがしらに撲
殺した殺人事件も起きていた。

3)コウモリ傘
 十年前になる。うちに電話をかけると最初のコールサインと同時に母
が出て「Mさんが三階から落ちなすったと。Oさんから電話があったよ」
と一気に言った。私は女房のフウさんと駅のホームにいた。入院先が割
りと近くなので、すぐ二人で病院に行った。外科病棟の大部屋だった。
みんなカーテンを閉めていてどこがM氏のベッドかわからない。一番近
くのベッドの人にカーテン越しに「昨夜かつぎこまれたMさんのベッド
がどれかわかりませんか」とたずねた。するとまさにそのベッドの人物
が「おう、ここだ」と言ってカーテンをあけた。M氏はベッドにあおむ
けの姿勢で歯をみがいっていた。「元気そうだね」(そう言うしかなか
った)と言うと「俺はいつも元気さ」とM氏は答えた。よく見ると上半
身は自由だが下半身はベッドに固定されている。「どんなあんばいなの」
「腰の骨が折れて、骨のかけらが腰の筋肉の中に散らばって食いこんで
いるそうだ。手術は神経を切るおそれがあるので、このまま安静にして
一ヵ月寝ているしか手がないと医師は言うんだ」「それでなおるのか」
「なおる」「治療は」「何もしないそうだ」。以前M氏は駅のホームで
うつぶせにバッタリ倒れて肋骨三本折ったが三日くらい部屋で寝ていた
らなおったという人だから、今回もそれでなおるのだろうと、私はM氏
の回復力を信じるしかなかった。だがなぜ落ちたのか。

 「おれが夜の十一時過ぎに帰ると、廊下のハス向かいの部屋にいるじ
いさんが部屋に入れないで困っていたんだ。きくと、部屋を出るときキ
ーを持たずに出てドアをうっかり外からロックしていまい閉めだされた
というわけだ。窓の錠はどうなっているかときくと掛けないで出たと言
う。そこでおれがおれの部屋から出てヒサシをつたっておじいさんの部
屋に入り中からドアをあけてやることにしたのさ」「ドアとドアはハス
向かいでも、ヒサシづたいに行くとなると、あのアパートの外側を半分
くらいぐるりとまわっていくわけだから五十メートル以上の距離になる。
昨夜は雨が降っていたし、あなたは左手がきかないでしょ。落ちる可能
性のほうが大きい」「だから落ちた」「危ないなあ」「今ごろ言うな。
でもあと一歩というところだったんだ。ところが、ヒサシに鉢植えがあ
ってつまずいた」「おじいさんはどうしたの」「いつまでたってもドア
があかないので、廊下の突き当たりに小さな窓があるのを見て、おれの
やりかたをまねてそこから出て、ぶじに部屋までヒサシづたいに行き、
窓から入って寝てしまったそうだ。おれが落ちたことは今朝になって人
にきいて知って驚いたと言っていた」。ここでフウさんは「Mさんて悲
(かな)ピー」と言った。
 カーテンのレールに古いぐにゃりとしたコウモリ傘がぶらさがってい
るので「誰かの忘れものか」ときくと「それ、そのおじいさんが、ぜひ
もらってくれと言って置いていったんだ。いらないと言うと、それでは
自分の気が済まないと言うのでもらった」とM氏。私はわかった。これ
がおじいさんの値打ちのある唯一の財産であることを。入院中の病院で
傘をつかうことはない。コウモリは、なすこともなくぶらさがっていた。

 ★【又重さんの身辺畸人伝は今回で完結。その一からその三までの
 畸人は故人でした。最終回のM氏は《存命中ですが、身辺畸人伝の
 例外、番外の気持で書》いたと又重さんの手紙にありました。一回
 あたり四百字三枚のきめでしたが、今回はいっきょに三回分を掲載。】

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■5■編輯後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文光堂

 一九四〇年前後、広島県福山市で父と母は本屋を営んでいた。古本と
新刊雑誌を扱うその店の屋号が、文光堂書店といった。本屋をやめて毎
日新聞記者として三原通信部に家族をともない移り、一九四三年(昭和
十八)に三原でぼくが生まれた。母の生前の思い出話によると、父が店
番すると万引きによくやられた。近くに銭湯があって湯上りの客に雑誌
が売れた。古本は消毒し磨いてから並べた。

 中井幸子さんは、ヒロミさんの高校の同級生。わたしが脳外科手術を
受けた病院に他の科目でかかっている。わたしは術後五年近くずっと毎
月一度受診しクスリを処方してもらっている。中井さんは退院から半年
後の診察を受けに来た。それが今月のある日、病院の前でばったり。び
っくりしましたね。

 又重さんの連載「身辺畸人伝」は今号で完結。愛読者もでてきて編集
者としてはうれピー。十代半ばで亡くなった次男のことを書いたマタさ
んの文章(田上正子さんのガリ版ミニコミ「あめつうしん」に掲載の二
十枚原稿)を読ませてもらった。涙がやまずに困った。読みたい方には
コピーを郵送します。メールで申しこんでください。

 貝原画伯は、展示期間中、ギャラリーにずっとおられるようです。ヒ
ロミさんは、展示中行けるのかどうか。わたしは店番に出かけてみよう
かと思ってます。絵を購入希望のかたは山口文光堂まで電話ください。
天音本もあります。★FAX&TEL06-6543-0135

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★手紙文芸誌「そぞろ通信」4月号はここまで。otayorigagenkinomoto
(^○^)/ お手紙も本の注文も> amanetant81@hotmail.com
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by amanedo_g | 2008-08-08 18:06 | haymay 山口平明
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