【10日】明日から「山口ヒロミ銅版画展」8/11~8/19

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財団法人「ひろしま美術館」の本館正面、1978年開設、080807撮影






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■【そぞろ通信】6月号*第9号[+85]===================2002-6-17

       □「あまね通信」改題通巻94号□創刊2001年10月16日
       □発行/直接配信<BCC>□編輯発行人/山口平明
       [1行32字で改行-等幅]転載転送は一言お願えします          

□もくじ□
(1)漫歩系--------------------------------------------山口平明
(2)FYI/ミツル・カメリアーノ色鉛筆画展@奈良室生6/21~30
(3)二十年ぶりの小学校教師--------------------------山口ヒロミ
(4)編輯後記あっさり--------------------------------<へ>の字

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■1■漫歩系/Man呆け

 尽くしてのち終息せず・・・・・・・・・・・・・・・・・山○平明

 ラジオで内藤陳さんが、午後二時から八時まで読書にふける、と話し
ていた。恐ろしい人だ。朝四時まで起きてるというから原稿書きは夜中
なんだろう。舞台や映画に出演するときはまた違う時間帯に本を読んで
いるのだろうか。本代は月に六万円ぐらいとか。贈られる本の半分は駄
目だそうな。わたしはいま本は買わないしほとんど読まない。

 陳さんはテレビには出ないそうだ。小屋へわざわざ金を払って見にき
てくれている目の前のお客をなんとかして喜ばせたい、笑わせたいと思
う。笑うってことはこちらを認めてくれているということ。演者にじか
に伝わる反応。笑い声と拍手は「ありがとう」の合図。この関係はミニ
コミに似ている。手紙のやりとりにも。
 
 ふいに天音の顔がうかんで涙がこみあげてくるときがある。台所で食
事のあとかたづけをしているときなんか、うつむくと眼鏡に涙の滴がこ
ぼれる。いけないと思い顔を上げると、滴が顎まで伝いおちる。いくら
泣いても昇華されない。

 僕の舞台はどこにもない。拍手喝采とか「面白いよ」とか「ありがと
う」などという言葉を得られる場をもたぬ。天音は「ありがとう」とひ
と言も言わなかったのに、わたしに不満はなかった。むしろ歓びがあっ
た。尽くしの心髄か。今年六月十七日は、生きていたら二十一歳。思い
出もうすらぐ。あの抱っこの感じ、あの匂いも再現は至難のことだ。

 鉄人のヒロミ画伯が、とうとう五月下旬の日曜日に熱発。かつて彼女
の職業病であった咽喉をやられての発病だ。二十年ぶりの現場復帰、し
かも三年生担任。学年初めはそれでなくとも繁忙期で、五月初旬には家
庭訪問と奈良への遠足、地域図書館の見学、総合学習への取組み準備な
どがつづいた。いかに元気なヒロミさんといえど天音を介護していたと
きのような若さはもはや無いから、二十年職業として使ってなかった咽
喉をやられたわけだ。

 二足の草鞋の画業のほうでは、岡山牛窓の展示空間の下見、大阪豊中
の画展の会場への搬入、ここでの講演、注文のある冊子に絵を描くなど、
また草の根通信の原稿書きと五月は多忙をきわめた。二年前、天音をか
かえて京都・大阪・神戸と画展ができたのは、この世にありながらこの
世ではないような場にいたのかもしれない。天音と生き暮らす不思議。
天音を通じての加護があったにちがいない。

 散歩をすると、自分ののろさ加減がよく解る。わが身体で誇れる能力
はゆっくり歩けること。心臓の不整脈のせいばかりでなく、歩く速度の
遅さのろま具合はどんなお年寄りをつれてきても大丈夫。町に出ると小
生以外はだれもみな下り坂を歩いているようだ。わたしはふらつきなが
らのろくさ歩く。自分なりの急ぎ足は一分ももたない。地面を蹴る力が
欠けている。だからかえって昇り階段は調子よい。二段上がりだって平
気。もちろん心臓は常に服用のクスリでもたせているわけだが。

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■2■For your information
 ミツル・カメリアーノ色鉛筆画展「三拍子のメロディ」@奈良室生村

★6月21日(金)~30日(日)無休 11~18時
★ギャラリー夢雲moon 奈良県宇陀郡室生村向淵415
 大阪から近鉄特急八木乗換、名古屋から同名張乗換 「室生口大野」
 近鉄室生口大野駅より車で10分/車なら名阪国道「針IC」より15分
 Tel0745-92-3960 Fax0745-92-3961

 ☆ミツル・カメリアーノ 色鉛筆画家。本名は椿野充、1950年生まれ。
阪神淡路大震災のあと、兵庫県西宮市から岡山県牛窓町に移住。瀬戸内
の島々をのぞむオリーブの丘や虫、野菜などを色鉛筆で描き、絵本制作
や個展活動、色鉛筆教室や出前ワークショップをつづけている。
 「2001年、夢雲でアフリカの木琴に出会った。……木琴と色鉛筆
は似ている。三原色のハッチングと三連符のリズムにのせて。……時間
を忘れて時を刻む。期間中、夢雲にいて、六月の室生村の風景を描いた
り、木琴をたたいたりしながら、皆様のお越しをお待ちしております」

 ☆カメリアーノお絵描き教室/6月22日(土)午後2~4時ごろ 参
加費2千円(お茶お菓子付)要予約 こどもから大人まで楽しく描きま
しょう。

【若干の忠告】カメリアーノ画伯と面談を望む向きは、必ず夢雲に電話
してから行かれるようにお勧めする。平明に聞いてきたといえば、便宜
を得られることは、…ない。おそらく室生は山の中、くれぐれも電話で
確かめてから行かれますように。地図つき美麗の案内絵葉書を希望者に
はお送りします。メールで請求してくだされ。

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■3■

 二十年ぶりの小学校教師・・・・・・・・・・・・・・山口ヒロミ

 天音が亡くなって二年目を迎えました。私と平明は天音のいない寂し
さにほんの少し慣れてきました。しかし、何をしていてもどこか頼りな
く、気持ちの中にいつも冷たい風が吹いているような感じを抱えていま
す。

 それでも、ふたりの毎日は続いていきます。「天音と一緒に僕たちも
消えてしまえたらよかったね…」、深いため息とともに平明のくりごと
は続きます。いつまでもこんなことではいけない、天音の一周忌も終わ
ったのだから、新しい私たちの生き方を見つけなければと、私は口にだ
して強がってみたりしました。

 四月四日のことです。ふたりで散歩に出かけようとしていた午後、電
話がなりました。「ヒロミさん、仕事決まった」、教師をしている友人
からでした。「なあんにも決まってないよ」「じゃあ、教頭さんと電話
代わるね」「えっ、なに」、びっくりする私におかまいなく男の人の声
がしました。
「K小学校の教頭です。わが校へ来てもらえませんか」
「えーっ」

 こうして私は突然にK小学校の3年生の担任になったのでした。
 どうなっているのと驚かれたでしょう。実は、私は二月の初めに大阪
市教育委員会に臨時講師登録をしていたのです。教員免許状を持ってい
る人は誰でも登録ができます。

 何か仕事をしようと考えて新聞の求人広告を捜しても、五十六歳とい
う私の年齢ではほとんど絶望的でした。絵を描いて暮らしていけば、と
親しい友人がいいました。とんでもない、絵を描き続けるにはむしろお
金がかかります。絵を描くためにも、もちろん暮らしのためにも、何か
仕事をしなければなりません。

 いろいろ考えた末に「昔とったきねづか」しかないかと決心をしまし
た。天音を出産するまでの十四年間、私は小学校の教師をしていました。
子どもを出産してもずっと教師を続けるつもりでした。育児と仕事を両
立させている女の人に憧れていましたから。

 教師を辞めてもう二十年が過ぎています。いくらなんでも担任は無理
でしょう。それに、できれば障害児教育のおてつだいをしたいと考えま
した。講師登録の希望欄に、非常勤講師、障害児教育を希望しますと書
きました。週に十時間か十五時間も働ければいいと思っていました。

 昔の同僚たちがまだたくさん現役で働いています。校長や教頭になっ
ている人もいます。校長や教頭に仕事のことを頼めば早く決まるかもし
れないよと、アドバイスをくれる友人もいました。しかし、私は講師登
録をしただけで、誰にも頼みませんでした。

 三月中ずっとちょっと緊張して過ごしました。また教育界に戻るかも
しれないと思うと、新聞記事の教育という文字に目が吸い寄せられまし
た。四月の新学期から学校は完全週五日制が実施され、それに対応して
新学習指導要領で授業が始まるとか。新聞には教育の文字があふれてい
ました。

 三月下旬、春休みに入ったある日、やはり教師を続けている別の友人
が心配して電話をくれました。彼女の学校では、新学期に向けて新しい
講師が派遣されてきたというのです。「だから、どこかの学校に決まっ
ていたら、今時の学校の状況を教えてあげようと思ったのに。大丈夫、
若い先生なんてほとんどいないから。みんな年取った、あなたと同じぐ
らいの人ばかりよ。だから、年齢なんて気にしなくてもいいよ。でもね、
子どもは大変な変わり様。髪は茶髪で携帯電話を持って学校へくるのよ。
きっとあなた、びっくりすると思う。そのうち要請がくるからきっと先
生にもどってね」、と慰めのような励ましをうけました。

 四月に入ってもなしのつぶて。教師をしている弟がいいました。
「考えてみたら姉ちゃんより若い校長や教頭が多いんやで。姉ちゃんみ
たいに年いった先生は使いにくやろう。やっぱり大学出たすぐの、教師
になりたい若い人が採用されるよ。まあ無理やね」、そう言われてみる
とその通りだと思い、急に熱が覚めて緊張がほどけました。
「僕もほっとしたよ。貧しくてもこのままのんびり暮らしていくほうが
楽しいよ」と平明らしいお言葉。
     *
 ふたりがそんな思いでいたところへあの電話でした。それも教育委員
会からではなく、直接友人の勤務校から。なにがなんだかわからないう
ちに、私は四日後の四月八日、K小学校の運動場の朝礼台の上から子ど
もたちに挨拶をしていたのです。

 K小学校は大阪市の南東のはずれ、隣は八尾市と東大阪市に接した場
所にあります。教室の窓からは畑が見え、むぎわら帽子をかぶったおじ
さんが野菜の世話をしているという牧歌的な雰囲気、しかし、一方では
中小企業の工場が工場団地として一帯を占めています。学校は一年から
六年までそれぞれ二クラス、一クラスがどの学年も二十五人から三十人
までのこじんまりとした大きさ。先生は二十人、その中で講師は、私と
今年教育大学を出た男先生それに民族教育担当の在日の女性。

 さて、二十年ぶりの学校の印象はただただ忙しい。子どもに勉強を教
える以外にこんなにたくさんの事務的な仕事があったのと目をまわしま
した。職員会議のたびに書類の紙が束になって目の前に積まれ、私は途
中からわかろうとすることをあきらめました。

 三年生は全ての教科を全部担任が教えます。当然に国語、算数、社会、
理科、などすべての教科の研究担当をふたりで分けなければなりません。
教科以外にもいろいろな研究部会がいっぱい。私はいまだにどこの部会
に所属したのか、恥ずかしながらほとんど覚えられないのです。

 何かの書類を書かねばならない時、私はひとつひとつ教えてもらいな
がらなんとかやっています。特に学年会計は大変。ここでは昔とったき
ねづかも役に立ちません。三十代半ばまで教師をしていたのに、一度も
学年会計をやったことがなかったのです。あの頃、私は若くて頼りなか
ったので、きっと年配の先生が引き受けてくれていたのでしょう。なに
も知らずに生意気なことをいっていたなあと、今さらながらむかしの同
僚だった年配の先生の顔を思い浮かべました。

 あちこちに頭を下げ失敗を繰り返しながら、くたくたに疲れて毎日通
っています。
「担任なんて無理に決まってたのよ。引き受けなきゃよかった。あ~大
失敗だわ」、平明にぐだぐだと愚痴をいう毎日でした。ところが、ある
日、他の学年の先生に言われました。「山口先生、毎日楽しそうに通っ
てられますね」

 なんということでしょう、私は教室の中で子どもと一緒にいるのが楽
しくてしかたがなかったのです。三年のわんぱくたち、それもいたずら
をする子ほど、いうことを聞かない子ほど可愛くて、可愛くて。三年生
だから、まだまだ腕力ではまけません。離せ、離せ、ともがく悪ガキを、
なんかい注意したらわかるの、と叱りながら胸に抱きしめます。すると、
その子の両頬がぽっと赤くなり、「先生やからがまんしてんねん」と捨
てぜりふをいって私の胸から離れていきます。

 泣き虫の、髪の長い女の子。勉強はとてもにがてですが、給食当番の
仕事をひとりでもくもくとやり終え黙って席につきます。私は目が離せ
ません。ひとりで頑張ったこと、先生はちゃんと見ているよ。

 けんかを叱ると、口をとがらせて泪をぽとぽと落とし、僕だけなんで
注意すんねんと抗議する男の子がいます。ふたりを怒っているのに、僕
だけ、と悔し涙を流すこの子のこころには何があるのだろう。笑顔が可
愛くて、もうそれだけでこの子は生きていけると思わせる女の子。歩く
後ろ姿が頼もしく私を見とれさす男の子。

 この中に障害を持つ子がいたら、その子が天音のような女の子だった
らどんなに楽しかったか、そう思った瞬間私はもう泪が溢れそうになり
ました。こんな顔を子どもに見られたら教室中が大騒ぎ、先生が泣いて
るって喜ぶんだから。

 私が担任になれたのは、このクラスを受け持つはずの先生が精神的な
病気で突然休まれたからです。あまりに突然だったので、教育委員会の
手配も間に合わなかったらしいのです。私はとってもラッキーでした。

 勤め始めて二か月、教室以外の事務的な仕事にも少し慣れてきました。
これからやっとまがりなりにも教師としてやっていけるかな、という時
期なのに、実は身体が疲れてくたくた、壊れそうです。それに、私の代
わりに家事全般をまかなってくれている平明もくたくた。どちらが先に
音をあげるでしょう。(二〇〇二年五月十八日執筆)

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■4■編輯後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<へ>

 今月号は「あまね通信」みたいにわたしたち二人の文章のみの構成で
す。わたしのほうは四百字三枚ですが、ヒロミ画伯のほうは十枚の長編。
これは松下竜一氏発行の「草の根通信」6月号に掲載されたものを転載
しました。通信に載せたペン描きの挿絵を見たいかたはメールをくださ
い。ファックスか郵便で送ります。

 山口ヒロミの銅版画をカラー印刷で絵葉書にしました。画展に来られ
たかたはご存じのもの。画文集『天amane音』の12点(もともと「母の
友」誌に連載)と、『不思議の天音』から4点をあわせて16点セットに
して、「そぞろ通信」読者特別頒布として、1枚120円16枚1920
円のところ、送料込み、消費税なしの1500円にて申し受けます。(テレ
ビショッピングかい) メールかファックスでご注文ください。6月25
日まで。支払いは品物に同封の郵便振替票でお願いします。
★Fax06・6543・0135(受話器あげずに送信して下さい)

 「そぞろ通信」の読者様でまだ一度もお便りメールをくださってない
かた、6月末までにぜひメールくださいませ。本文を書くのが面倒でし
たら、タイトル・件名欄に【読んでるよ】とだけお願いします。本文は
なしでいいですよ。もちろん配信が迷惑なお方は同じく【不要】とくだ
さいませ。わたしは事務能力なく、直接配信なので名簿管理が煩瑣です。
ご協力たまわれば助かります。よろしくお願いします。

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手紙文芸【そぞろ通信】6月号はここまで。itigyoudemoiikaraotayori
kudasai m(__)m tayorinainohagenkigasibomu.fuyounokatahaiutene
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by amanedo_g | 2008-08-10 21:49 | haymay 山口平明
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