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■【そぞろ通信】9月号*第12号[+85]=================2002-9-15

      □「あまね通信」改題通巻97号□創刊2001年10月16日
      □発行/直接配信<BCC>□編輯発行人/山口平明
      [1行32字で改行-等幅]転載転送ひと言がうれしい!
        
□もくじ□
(1)ヒロシマ[引用の織物]----------------------------山口平明
(2)家事細見帖・お掃除の巻--------------------------岡本尚子
(3)山口ヒロミの作品案内----------------------------Haymay
(4)編輯後記そこそこ--------------------------------へいめい


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■1■ヒロシマ[引用の織物]----------------------------山口平明

  人種差別に根ざす大量虐殺[genocide]を個から考える

 アメリカの無差別爆撃で大量虐殺されたヒロシマの死者につながる人
びととして、ナチにホロコーストされたユダヤの人びとをあげねばなる
まい。また、いまも米軍の「誤爆」によって、アフガンの子どもたちが
殺されている。3月末の大侵攻から現在にいたるまで、イスラエルはパ
レスチナそのものを壊滅するべく殺戮と破壊をやめようとしない。わた
しはヒロシマの死者の遺族の一人として、伝えておきたい言葉を書き抜
いて読者のお力を得ながら記録にとどめておこうと考えている。ともに
考えていきたい。《 》内が引用部分です。

~~~
1>中村哲さん [ペシャワール会医療サービス院長]
 《タリバン政権の崩壊は、取り返しのつかぬ無秩序と、人びとの苦境
を生み出したといえる。「解放」されたのは、麻薬栽培の自由、餓死の
自由、アフガン人が誇りを失う自由である。今後「アフガン問題」への
関心は急速に薄れるが、国際社会は一連の出来事の根底から読み取れる
地球規模の破局に気づいているとはいえない。将来、再び「アフガニス
タン」が話題になるとき、自らの足許に及ぶ厄災を知ることになるだろ
う。》 ☆出典「ペシャワール会報」71号(2002年4月26日)より

[★へいめい沈思] わが身を捨てて他者の役に立つ人にも家族がいる。
中村さんにも妻子がおられる。………。愚かな平明よ、連綿たるいのち
のことを感じ考えよ。とにかく生きておれ、と。

~~~
2>栗田禎子さんyoshiko [中東現代史]
《…ホロコーストの記憶を利用して、二度とホロコーストがおきないた
めにユダヤ人は自分を守らなければならない、ユダヤ人国家が必要だと
言っている人達は、結局、ホロコーストで死ななかった人達なんだ、ホ
ロコーストで死んだ人は死んでしまったのだということ。イスラエルの
シオニズムの指導者たちというのは結局、死ななかった人々、ナチのア
イヒマンなんかと適当に取り引きしていた人々であって、うまく生き延
びたこの人達こそがまさにホロコーストの記憶を尊重しているかに見え
て、実はイスラエルの支配層こそホロコーストの記憶を最も冒涜してい
る人達なんだと思い至ったんです。》 ☆「現代思想 思想としてのパ
レスチナ」6月臨時増刊号(青土社2002年6月10日)の巻頭討議、
鵜飼哲・臼杵陽・栗田禎子のうち栗田禎子の発言

★父が死んだ年齢をこえたころ広島にでかけた。
 なあんだ生き残った人たちで普通の都会をつくってる、と思った。
 小泉首相も福田某も「先の」戦争で生き残ったエライサンの息子だ。
 広島の町でであった身内を喪った中年の男にいわれた。
 被爆して生き残るのもむごいですよ、と。

~~~
3>広河隆一さん [フォトジャーナリスト・作家]
 《子供たちが被害にあった兵器の一つは、クラスター爆弾である。こ
れはベトナム戦争で改良されたアメリカ製兵器で、飛行機から2メート
ルほどの大きさの爆弾が投下され、上空で二つに割れ、中から数百のこ
ぶし大の爆弾が飛び散る。下におちたときに爆発するものもあるが、多
くは手足にふれたときに爆発する。これはまったくの対人兵器である。
兵士はこの恐ろしさを知っているから手にふれない。しかし子供は何か
わからずに手に取る。そして爆発し、中から小さな鋼球が猛烈な速度で
飛び出し、体をずたずたにする。ちょうどそれは至近距離から何百丁も
のピストルを一度に発射したようなもので、皮膚は残るが、体の中の骨
も肉もペースト状になるため、被害者は歯磨きのチューブにたとえられ
る。》 ☆広河隆一『パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち』徳間書店
(1991年6月30日)

★一九八二年のイスラエルによるレバノン侵攻、レバノン戦争。
 シャロンが国防相だったときで、
 ベイルート市内のパレスチナ難民キャンプで虐殺があった。
 二十年前のレバノン戦争でクラスター爆弾が投下されていた。
 アメリカ製のそれがアフガンで使用された。
 武器と軍需品の消費、在庫一掃の場が戦争である。
 もうこれは人種差別としかいいようがない。
 かつてのユダヤの身代わりにパレスチナを捧げる。
 白人キリスト教徒の権力者や持てる者たちにとって
 アラブもアジアもアフリカも先住民のいた米大陸も
 植民地でしかなく、そこでは大量殺戮があった。
 イスラエルはアメリカの武器消費を請け負う。
 
 アメリカではベトナム戦争のときのような事件が起きている。
 アフガン派遣の「特殊部隊」の兵士が帰国後、おかしくなって…。
 六月十一日、第三特殊部隊のリゴベルト・ニエベス一等軍曹[32]が妻
 を口論の末に射殺し自殺した。
 六月二十九日、第96民生部大隊のウィリアム・ライト曹長[36]が妻を
 殺害、殺人罪で起訴されている。
 七月十九日、隠密行動で知られるデルタフォースのブランドン・フロ
 イド一等軍曹[30]が妻を射殺し自殺。
 三人は、アルカイダ掃討作戦に従事していた帰還兵士たちだという。
 [帰還兵のことは「毎日新聞」九月十日の<9・11テロ1年 米国の
 「正義」>佐藤由紀記者の「米兵むしばむ戦時重圧」によった]

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■2■家事細見帖/お掃除の巻・・・・・・・・・・・・・岡本尚子

  夏休み 箒持つ子の けだるさう

 平明さま。仕事や学校の休みの日、私どもの子どもたちは、分担して
掃除をすることになっております。昔は長屋だった家を二階建てにした
家で、間口の狭い奥行きの長い土地ゆえ、廊下なし、通り道が飯食う所、
寝る所。

 部屋はアコーディオンカーテンで仕切るようになっているだけで、戸
は便所の戸と風呂の戸、玄関の戸ぐらいしかありませぬ。家具といえば、
近所からもらった学習机五台とタンス三本。食事はちゃぶ台。少なくし
ないと寝る場所がナイ。

 そんな家でも、七人が暮らせば、ゴミ、ホコリの出ること出ること。
掃除も洗濯と同じく、明日やればいいなんて生やさしくはありません。
食べこぼし、消しゴムのかすから髪の毛、チリ、散らかされたチラシ、
新聞、マンガ、衣類…。それを片づけ、そうじ機をかけるプラス、朝の
食事の食器洗い、玄関、トイレそうじが子どもに課せられた仕事なので
す。

 が、子どもがすると、すみっこにホコリがたまったりする。それを文
句をいってやり直しさせるのもエネルギーがいります。夏休みもあと二
日という今日は下の子三人(中三、小五、小二)でやっておりましたが、
一時間はかかってました。私が一人でする時には、二時間近くかかるの
も無理はないなと笑ってしまいます。

 ただし、この掃除をしたからといって家中ピカピカとかそんな事は全
然ありません。本や雑誌が部屋の角に積み上げられ、タンスにしまわれ
なかった衣類がカゴに無造作にいれられ、棚やカーテンレールの上はほ
こりがたまりきっており、床に物がないのは一瞬であり、夜ともなれば
また、ゴミの山となるのでございます。堂々めぐりの中、夏休みが終わ
るということは、掃除をするものが私だけ、ということ。ものの哀れを
感じます。
 では、また。暑い中にも日差しに秋を感じるこのごろ。お元気で。

[へいめいコメント]いくら編集作業を省きたいと思っても、筆者とのや
りとりはかかせない。最終確認に校正をメイルで送ったら、ファックス
で返事がきた。この中に添えられていた句をここに拾っておく。
 土器の肌からセミの声聞こえをり
 真っ赤は秋の色だといふ人とゐて
 白秋や一瞬を永遠に止めてをり

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■3■山口ヒロミの作品案内-------------------------------Haymay

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◎震災にも耐えた市場迷宮で個展<イノチの天音>
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 一昨年九月、大阪ミナミのNGK[吉本興業の劇場]前にあるジュンク
堂書店難波店のギャラリーで、『不思議の天音』刊行記念として「山口
ヒロミ銅版画展」を開催していたころ、自宅で天音は調子悪くなったの
だった。母・ヒロミの付き添いで入院三日間。
 展示が終わり、小生[平明]は二人の女性に手伝ってもらい絵を搬出し
た。クルマでジュンク堂からそのまま病院へまわってもらい、母子を乗
せ退院した。でもほっとする間もなく、この夜おそく天音は危篤におち
いった。
 二〇〇〇年九月二十二日未明、再入院。なんども呼吸が停まった。で
も不思議の天音は、このあと四週間も闘いつづけ、そして十月十六日、
ふっと亡くなった。わたしたちはあの子が「長いお別れ」をさせてくれ
たと思っている。十九年四か月、ありがとう、ほんとうにありがとう、
不思議の天音ちゃん。
 去年一月でた母・ヒロミの画文集『天 amane音』の出版を記念して二
月、ジュンク堂書店大阪本店のギャラリーで、また、天音の誕生月の六
月には東京三鷹「のびらか」で銅版画展を開いた。「あまね通信」のな
がらくの読者で一度も逢ったことのない方々が会場に来てくださり、絵
のなかの天音に逢っていただいた。
 こうして、母・ヒロミが描いた「天音の絵」をもって、遺された父と
母は追悼の旅をした。八月、ヒロミだけで北海道旭川のこども富貴堂書
店へ展示とお話に出かけた。九月には、東京一ツ橋の教育会館の画廊、
それから、一周忌にあたる十月、『イノチの天音』刊行記念として東京
池袋のジュンク堂書店池袋店へは二人で出かけ、かけあい漫才のように
お話をさせてもらった。天音がいたら二人そろって外出なんてありえな
い。もうこのころには夫婦ふたりが泊まりがけで出かけるのに少し慣れ
てきたのだった。
 今年二〇〇二年、五月には大阪豊中の「ひまわり」で、六月は岡山牛
窓の「青空」で「イノチの天音展」を開いた。四月、ヒロミ画伯は急に
きまった臨時講師で小学校へ勤めだして、前から決まっていたこれらの
個展の搬入や講演で大変だった。三年生の担任に天音も驚いているだろ
うね。お母さんは頑張りやさんだから大丈夫かなあ、とあの子は思った
はず。でもね、一学期を無事勤めて、九月の新学期、小学校へ離任の挨
拶に出かけた母さんは、いま体調を整え、ふたたび銅版画制作に楽しそ
うに打ちこんでいるよ。
「描きたいのはやはり天音と生きたこと。あの子はどこにもいないけれ
ど、天音がもたらした<いのち>を描いていくつもり。絵そのものはど
う変化するか、まだ判らない。抽象的になっていくのでは、と予測する
人もいるけれど…」
「天音と暮らしていた二十年ものあいだ、ずっと思い続けていた外国へ
の旅を果たしたい。今、このとき、天音に時間をもらったんだからどん
どん出かけて行きたい」
 ヒロミさんの「第三の人生」は、闇の中に光を探りあてた人[闇が燃
える、というた人がいる]だけが持たされる、あるいは持ちうる名状し
がたい耀きにつつまれて、ひたすらな一本の道を歩んでいくにちがいな
い。
 今回の展示では、二人の共著『イノチの天音』の原画を中心に、新作
も出品の予定です。この本は、ジャパンマシニスト発行の「ちいさい・
おおきい・よわい・つよい」誌に連載のかけあいエッセーをまとめて同
社から出版したもの。山田太一さんの推薦の言葉、表紙と口絵を合わせ
て五点のカラー銅版画を収録、また連載時のドライポイント技法による
モノクロの銅版画も本文中に入っていて楽しめます。
 みなさまのお越しをお待ちしております。

      【山口ヒロミ銅版画展のご案内】

 ☆場所/神戸・平野市場「侑香」yuka 078-361-5055
 ☆期間/2002年10月12日[土]~26日[土]、日曜日お休み
   連日11:00am~6:00pm
 ☆作家在廊日/金曜日・土曜日・14日の午後2時以降です。
 ☆画廊/いちばぎゃらりぃ「侑香」平野市場の布団屋さんの2階
  神戸市兵庫区下祇園町26-5 ふかみ商店2階 078-361-5055
 ☆交通/○三宮そごう前から市バス7系統
     ○JR神戸駅から市バス7・9・11系統
      ◎それぞれ「平野]停留所下車、平野市場内
  ※銅版画はもちろんサイン本や好評の絵葉書も販売いたします。

  ●【「そぞろ通信」読者オフ会および追悼絵】について
   平明とじかに逢って歓談をしてみようというかたは、お気軽にご
   連絡ください。06-6543-0135まで。
   市場のなかのうどん屋さんとかお寿司屋さんでいかがですか。ま
   たコーベの夜、どこかで一寸いっぱいもいいですね。

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◎山口ヒロミの雑誌掲載作品紹介[真田山公園]
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 ヒロミさんが描いた絵が今年七月に発行された「しごと情報ひろば」
第1号の裏表紙をかざっています。これは大阪市市民局が発行している
A4判16ページの冊子。
 銅版画ですが一色で刷ったあと手描きで色づけしています。大阪市の
ホームページにカラーで出ています。よければ下記サイトをご覧になっ
てください。拙文八〇〇字もくっついてます。(~_~;)
http://www.city.osaka.jp/shimin/shigoto/jyouhou/jyouhou_12.html

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■4■編輯後記----------------------------------------へいめい

「そぞろ通信」を創刊して一年がたつ。月刊ペースはどうにか維持できた。
いま何をしてるか、と問われて、メルマガをやってる、と答える。そう
すると、それは趣味でしょ? といわれる。趣味なんかじゃない。小生
は本気で電子出版の仕事をしている。お金にならないから、職業とか事
業ではないけれど。

 松下竜一さんの「草の根通信」という月刊ミニコミに、天音との暮ら
しをおよそ七年にわたり書かせてもらった。もちろん原稿料はない。こ
れらをまとめて『娘天音 妻ヒロミ』と『不思議の天音』の二冊を公刊
できた。読者の存在があればこそ、毎月書きつづけられた。ときに「読
んでますよ」という読者の声が届くと、大いに励まされた。これはもう
日々の仕事というほかあるまい。

 喰えなんだら喰うな。うーむ。まだそこまではいたってない。いける
とこまでいくべし。書く意欲があるうちはまだ生きていけるだろう。天
音が居ない家で、やっとここまでやってきた。脳梗塞後遺症のリハビリ
も難業であったが、天音喪失のリハビリはもっと難行である。いのちの
こと、死のことをかなうなら死ぬまで思惟しつづけていきたい。

 今年三月半ば、彦根へ出かけた。このすぐあと大阪であった小さな集
まりで出逢った人に「そぞろ通信」を送ったら、彦根へ三十五年も前に
行ったことを思い出した、とメイルがきた。たった一度しか逢ったこと
のない彼の篤実な二通の返事メイルが嬉しかった。これからも送ってほ
しい旨も記されていた。妙に懐かしさを感じさせる彼の人柄は、メイル
の言葉だけでなく一度きりの出逢いでの印象も作用している。
 三月三十日、この人は東京日比谷公園で自死を遂げた。今号はこの人
[檜森孝雄himorikoyu**]のことを思い浮かべながら書いた。彼のアドレ
スは削除せずそのままにしている。来月は天音の三回忌。
 [**註]水田ふうさんの個人紙「風」34号にこの人のことが出ている。
 http://www.ne.jp/asahi/anarchy/saluton/archive/kaze34.htm

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月に一度の手紙文芸/メルマガ【そぞろ通信】9月号はココマデであり
ます。全部で四百字換算ざっと22枚、お忙しいなか読んでくださりあり
がとうございます。夏はお休みとれましたか。近況をお便りくだされば
欣喜雀躍であります。では、みなさまごきげんよう。
 
[PR]
by amanedo_g | 2008-08-13 23:02 | haymay 山口平明
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