【17日】平常展示は明後日19日まで

★開催中★
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【山口ヒロミ銅版画展】平常展示の次回は、9月1日(月)~9日(火)を予定しています。






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■そぞろ通信■1月号*2003-1-16
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発行☆山口平明(天音画廊)

*>もくじ<*
[1]漫歩系_1行32字等幅フォントってなんだ┃山口平明
[2]家事細見帖・在宅介護の巻┃岡本尚子
[3]編輯後記┃へいめい
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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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■1■漫歩系sozoroaruki...............................山口平明

  【●1行32字等幅フォントってなんだ●】

 わたしはPR誌の編集を仕事にして飯を喰ってきた。しかもたいてい
自分で誌面レイアウト(指定版下作業)もしてきたから、活字を使う活
版印刷や写真植字のオフセット印刷などにも親しんできた。だが編集だ
けでは喰えない。それで関連分野の広告の文案(コピー)を書く仕事も
した。

 そんなわたしにとって、IT時代の編集やその関連作業はよく判らな
い。でも時代に取り残されるのは淋しい。二〇〇一年春からパソコン
(PC)について勉強を始めた。大病から四年がたっていた。このお勉
強もまた脳のリハビリになるだろうと考えた。また、前年亡くなった娘
の天音について何かしていきたい思いもあった。このころ、やっとこれ
からどうしようかという気分になって、気力がわいてきたわけだ。

 同じ二〇〇一年の秋、自分発のメールマガジンを、友人たちへ直接配
信でメールソフトのBCCを使って発行した。刊行後一年たって感じた
ことは、メールはHPと違って、簡単で軽快な感覚の道具であり、個人
同士の飾らないコミュニケーション媒体であるということ。

 ある人がこれを「カジュアル」と表現した。気楽でくだけた感じ。約
束もなしに立ち寄ってもお互いが平気でおられる関係みたいなことであ
る。それぞれの生活時間の枠内で、自由に気ままに接することができる
のも長所である。

 もともとPCもインターネットもアメリカのものである。言語は英語、
考え方も方法もアメリカ流でできたものを、日本語でも使用できるよう
にした。このことからわたしが仕事で覚えた過去の経験は、口惜しいが
全然役に立たない状況になっている。

 たとえば用語だ。一行何字詰めで何行書くか、というような執筆や編
集レイアウトでの基礎用語が通じない。列や桁などと称する。まあ手紙
を書くのなら、白い便箋でも巻紙でもよい。しかし、文章を書く、非公
開の日記などではなく公刊される雑誌などに書くとなると、決められた
文字数に収めないといけないから、桝目が記入された原稿用紙に書くの
が当然であり常識であった。

 かつて文具店には、必ず原稿用紙が売られていた。小学校では、国語
の作文の時間にコクヨの原稿用紙が配られた。小説家のなかには、万年
筆のすべりのいい紙を使って、自分専用の原稿用紙を特別注文で作った
ほどである。ルビ罫のない横長の桝目にしたりして、その桝目の中で左
寄せに書くのがプロっぽいなんてね…。

 メルマガで、わたしは1行32字に字詰設定している。そうそう、わた
しらが書体というたのを、PC界ではフォントとかいう。このフォント
が曲者、メールソフトの初期設定がプロポーショナルフォントにしてあ
るから、いくら文字数を定めて配信しても受信側では、レイアウトが崩
れたりする。

 初期設定をデフォルトとかいう。これは辞書によると「不履行」とい
う意味。ソフトをインストールして組立工場から出荷するとき、お客の
好みで変更できる機能を、触ってませんよ、そのまんまですよ、という
ことらしい。

 このことから判るように、カタカナ語と日本での事情を織り込まない
手法で、わたしたちはアメリカにしてやられたのだ。その極致がマイク
ロソフト社の基本ソフト「ウインドウズ」である。

 さて、メルマガで読者が、プロポーショナルフォントを等幅フォント
に変えてくれなければ、いくら1行32字で改行といってもレイアウトは
崩れる場合もある。

 「プロポーショナル」とは、活字の時代にあったのだろうか。おそら
く英文活字とか英文タイプライターにはあったのだろう。日本語の文字
で、「鬱」も「し」も同じ大きさの桝目に入れるように設計する。しか
しだ。英文の場合、「I」と「W」は横幅が違う。タイプ活字もそうな
っていたように思う。基本のキからして異なる。表音文字の強みだ。

 あちらは漢字文化をまったく考慮に入れてないのだ。和製OSのトロ
ンから「超漢字」ができて、十七万字の漢字が使えるらしいから、いつ
か乗り換えようかなんて思ってる。今でもこのわたしのMS・IME入
力システムでは、「活字」がさっき「科辻」になったりした。これは執
筆にストレスを生む。

 写真植字では、鉛などの鋳造活字を使用しない。文字盤から文字を拾
い出し光学レンズで印画紙に焼き付ける。故にレンズ操作で文字を変形
させられる。それで文字の字間を詰められるようになった。邦文を英文
みたいに扱える。これは、広告の世界ではデザイン表現の面で助かる機
能であった。

 雑誌でも新聞でももちろん書籍でも、詩のようなのは別にして、一行
何字詰めと字数が決まっている。これはそれらを制作するときに、専門
家が他の要素(エレメント)と関係づけながらデザインした。現在のP
CにおけるプロのDTPに相当する。

 DTPは、デスク・トップ・パブリッシングという頭文字の略。パソ
コンを使って、机の上で出版(正確には組版か)ができちゃう制作手法
だ。この分野はマッキントッシュ系が席捲していた。印刷業界は高品質
印字の関係からマックでなければDTPは無理だったが、昨今はウイン
ドウズ系でもDTPソフトが出てきたようである。

 昔は謄写版印刷といって、蝋引き原紙をヤスリの親分みたいな板の上
に置き、鉄筆で書き謄写版で手刷り印刷した。これは、電気さえ使わな
い素人のやれる完璧にロウテクDTPであった。

 ところが、今様DTPは、かつてプロに任せていたような作業を、パ
ソコンを使うことで素人にもできるようにしてしまった。ほんとのプロ
の出来にはほど遠いが、謄写版よりは見映えのよい物を作れるようにな
った。

 これがワープロソフトである。ワードや一太郎である。企業内で配る
ような「文書」は、ゼロックスやリソグラフで複製なり印刷される。ち
なみにリソグラフの原理は謄写版印刷と同じ。本格印刷には遠いが、素
人でも扱える印刷の品質が昔より向上したわけだ。

 さあ、問題はこのワープロソフトだ。
 わたしは、これを使わない。印刷なり複写のための原紙(昔なら版下)
を今は必要としない生活(仕事)だから、ワープロソフトはお呼びじゃ
ないのである。用語からしてわたしの経験が通用しない。単純軽快に文
章を書けない。

 ワープロソフトを原稿用紙にたとえると、紙に香料を染みこませるよ
うな、というと言い過ぎかな。だが原稿用紙はシンプルでいい。罫線の
色も目立たないほうがよかった。だが、ワープロソフトは飾ったり目立
たせたりする機能が多い。「創意」なしに見本や雛型で素人離れしたレ
イアウトや指定作業ができあがる。これらがPCの動きを重くする。

 もっと言っちゃうと、わたしは漢字も、漢字から生まれた平仮名も、
文章の固まりも、それ自体を美しい絵(画像)だと感じる。つまりわた
しは、テキスト中心主義なんである。画像を嫌いはしないが、あくまで
副次要素。テキストだけのメールが簡単軽快に思える所以yuenだ。

 誰だったか文士が、書き上げた原稿を見て、漢字と仮名の割合を考え
たというようなことをわたしは好む。漢字が多いと黒っぽいとかね。た
った一字でもアノ「鬱」を見よ、真っ黒であろう。で、仮名が多いと白
っぽいわけ。あとは書き手の好みとなる。

 小生は、カタカナ語をなるべく多用したくない。往時、外来語で日本
語化できないカタカナ語も、たとえばバケツを「馬穴」なんて、まるで
イマ風誤変換ですナ。ここには「創意」がある。

 メルマガ制作には、テキストエディタのQXを使って1行32字で書い
ている。モニターの大小や表示文字の大小など、読者のPC環境がそれ
ぞれに異なるから、一行の字数はできるだけ短くしたかった。紙の書籍
と違って、PC画面の横書き40字なんてのは読みづらい。また、他の注
文原稿でも日記にしても、すべてテキストエディタで書く。習慣で縦書
きで一行二十字が書きやすいから、これらはそれぞれのファイルでそう
書式設定している。

 メールはメールソフトを使う。ここではほんとに適当である。手紙を
書くとき原稿用紙ではなく、桝目のない便箋を使うみたいなものだ。相
手によっても文体も書式も変わってしまう。まあ、一応の作法はふまえ
て書いている。でもメールマガジンは、エディタで書いてメーラーに流
しこむ。

 いまんところ編集作業はメルマガだけ。プリンターは無い。校正は画
面上でやってしまう。どうしても紙で読みたい人とかそういう環境を嫌
っている人には、ワープロ専用機で印刷してファックスで送っている。

 執筆作業は、エディタを試行錯誤でなんとか使っている。解説書が紙
で出版されてないからヘルプに頼るのだが、理解できない事態によく出
合う。でも、パソコンにおける原稿用紙のようなこのテキストエディタ
は、文章を書くのに特化した軽快ですこぶる便利なソフトである。

 ワープロ専用機で使っていた富士通の親指シフト方式のキーボードに
よるひらかな入力は、書くのにストレスがなかった。今ではパソコンに
乗り換えて二年にしかならないのに、もうローマ字入力に慣れてしまっ
た。いや、馴らされてしまった。アメリカの遠大なる謀略にはまったよ
うな気もするのだが…。

 本格の編集デザインは、プロに任せる、というのが半病人のわたしの
このごろの思いである。どうしてもチラシを紙で作る必要がでてきたら、
手書き切り貼りでと思っている。まずは書くことに専念して、残り少な
いであろう人生を、文章(テキスト)中心主義で愉しくやっていきたい
と念願している。

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■2■家事細見帖/在宅介護の巻..........................岡本尚子

  徘徊の 義母に被せて 冬帽子

 よく、子育てとか介護というものは結局は”家事”ではないのか、と
時々点検?! してみる。

 飯炊き…老人や子供は必ず食べさせなくてはいけない。これがいの一
番。未だに、早々と夕食の支度をしてしまうのはこれが哀しいかな染み
ついているともいえる(苦笑)。また、老人や赤ちゃん、幼児がいての
食事作りは決闘?! であった。老人子どもが食べ物を要求すること、
または徘徊を始めてしまうのと競争でメシを作っていた。現在もう、あ
わてて作るのはこんりんざい嫌である(仕方ない日もあるケド)。

 オシメ交換…これはゴミ捨て、洗濯ともつながる。
 老人子どもが散らかす(これはウンコも含める)のも大変、これは掃
除に入る。

 一つ、家事につながらないものがあった。老人や幼児が家を飛び出す
と追いかける。または行方不明の時探す、ケーサツや駅に迎えに行く。
これは家事にはならない。家事のさまたげになるだけ(トホホ)。

 一日中座ることがない生活、鏡も見ない生活(どんなカッコしていた
のかオソロシイ)を、今から考えると、もっと手抜きできたのではない
かと思う。私は二十代で義姉たち四人は五十代以上。このへだたりは、
義姉たちからの苦言に、私を黙らせるのに十分だった。が、あの時、ち
ゃんと自分の思いを述べていたら、義姉たちは分かってくれたのではな
いかと四十代の今になって思う。

◎[平明堂寸感]
 転んだときに、頭を保護してくれるヘルメットも防護ギアも重たいの
が難。冬なら毛糸の帽子が軽くていい。小生、年末に頭を丸刈りにした。
そこへ正月は冷えこんだ。それで昔、友人にもらった毛糸の帽子をとり
だしかぶっている。転ばぬ先の毛糸帽。

 岡本さんから年賀状をもらった。五人のお子さんたちがお母さんにと
りつき囲んでいる写真。小生とはまったく違う家庭と人生があるのだと
思う。お母さんじゃない時間が、おそらく俳句をつくるときなのであろ
う。わが細君も娘と格闘していたころは、まったくのすっぴんでありま
した。女性の素足や素顔がもつ「素」の潔さとほのかな色気はよいもの
だ。それは純生ほどでもなく素うどんのような感じとでもいおうか。私
の坊主頭はただ手入れが面倒なだけで、素も純もありゃしない。

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■3■編|輯|後|記....................................へいめい

○寒い年初でした。お元気でしょうか。師走15日の辺見庸講演会は、主
催側によると七百人の来場者で盛況、ご協力ありがとうございました。
ぼくも出かけて会場で友人と出合い帰りに即席忘年会、ワインと焼酎で
酔い納めとなりました。

 10月初旬、一部の方々には案内を転送した映画「チョムスキー9.11 
Power and Terror」を西宮で見た。また、チョムスキーと辺見庸の対談
/インタビュウが、「月刊プレイボーイ」2002年6月号に掲載され
た。ウエブで読んだが、チョムスキー爺が元気なのがその明快さととも
に嬉しい。読みたい方は、チョムスキーと辺見庸で検索してみてくださ
い。見つからない場合は小生に連絡くださればお送りします。長文覚悟
されたし。

○読者のTHさんから、「そぞろ通信」の冒頭に1行32字と記されている
のに最近になって気づいた、とメールをもらったことから、今回の原稿
執筆のきっかけをいただいた。

 紙の雑誌で、本文の1行あたりの文字数は記入しない。そんなことは
読者にとってどうでもよいこと。たとえば「朝日新聞」の<天声人語>
というコラムの全体の文字数や一行11字という字数は、執筆者と編集制
作者が知っておればよいデータだ。

 オンライン読書の場合には、編集側が意図した字数やレイアウトのま
まで読者側に表示されるかどうか分からない。このへんの問題の処理と
帰結先は、発展途上の電脳世界ではまだまだこれからのようです。
○新年をきっかけに誌面をちょっぴり変更。いずれ配信システムによっ
て発行するための手直しでもあります。冒頭にあった奥付項目は、定石
どおりに末尾に移しました。毎月16日ごろ発行希望(笑)。では。

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月刊【そぞろ通信】1月号_#16□2003-1-16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻101号
編輯発行人□山口平明(天音画廊)

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※転載転送はひと言頼むぜよ。部分引用は掲載誌を送ってくんさい
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*「そぞろ通信」1月号ハココマデ
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by amanedo_g | 2008-08-17 23:44 | haymay 山口平明
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