【平明文集】☆「そぞろ通信」28号☆2004-1-28配信分

〇堂守こと山口平明が過去に書いたテキスト(文章)を再録転載しています。
ご興味のあるかたは、左下のMoreをクリックしてご覧ください。




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★そぞろ通信★1月号*2004_1_28
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発行☆山口平明(堀江・天音堂G)
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■もくじ■

[1]映画「自転車でいこう」感想エッセイ+story_/~たいらあきら
[2]家事細見帖|おせち料理の巻_/~岡本尚子
[3]漫歩系|天音堂ギャラリースケジュール【石井一男展 3/12~23】
[4]編輯後記|_/haymay山口

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■1■映画エッセイ「自転車でいこう」.........たいらあきら(平明)

【どこにもない町・スペシャル生野】
自転車とフォークリフトとどっち好き?

 町を自転車で走るって、どんなに愉快なことか。ちょっと駅までとか、
近所へ買い物にとかじゃなくて、いつもいつだって自転車にまたがって
いる人じゃないと判らないかもね、「自転車乗り」の風を感じて走る楽
しさはたまらない。

 高校時代は毎日、アルバイトで自転車に乗っていた。そういえば自転
車に乗れるようになったのは小学校高学年になってからだった。

 母と、年のはなれた姉の三人家族、ぼくは怖がりの気弱な子ども。自
転車に乗れるようになっても、まず下り坂が苦手、怖いとおもうとブレ
ーキレバーを放してしまいそうになる。これ、パニックですね。悪いこ
とに暮していたのが坂の多い神戸だったからもう大変。怖い思いをしな
がらやがてブレーキの引き加減を覚えていったのだった。

子どもにとっての縄張りはそんなに広くはない。その距離を越えるの
が自転車乗りのときだった。小さな冒険だった。大人になっても仕事先
まで、大阪市内を「愛車」ミヤタの町乗り五段変速で走りまわっていた。

李復明クンこと、プーミョンは大阪生野の町を走る、走る。平野川沿
い、今里筋、生野を越えて布施あたりまで。彼は知的障害者らしい。と
いうと、えっ知的なのに障害者ってどういうこと、なんてツッコミがき
そうやな。

よくまあプーミョンが画面からはみださなかったこっちゃ。記録映画
だから移動撮影はクルマかとおもったら、プーミョンと同じく自転車で
右肩にカメラかついで左手でハンドルを握って撮影したらしい。よう、
やる。狭い曲がりくねった路地にはクルマは無理やもん。

ぼくも高校のころのバイト先の仕事で、右手で荷物を持ち、左手でハ
ンドル操作をしたものだった。後輪のブレーキは左レバーだからね。前
輪だけブレーキをかけるとつんのめって危ないわけよ。

プーミョンを前から撮るときは、監督が前でこぎカメラマンが後ろ向
きにまたがりカメラをまわす。二人乗りは違反やけどまあええやんか。
現地調達の六千円の自転車が走る、走る。あれれ、プーミョンは横の路
地へ入って行ったよ、監督は後ろが見えないからまっすぐ走る、自転車
たちは別れゆくう。でも録音の自転車乗りはプーミョンを追走している
から彼の声は入ったわけだ。愉快愉快。

ぼくは六年前に大病をしてから自転車をやめた。歩き専門、町をよろ
よろとリハビリかねてひたすら散歩の日々。自転車では通り過ぎるよう
な、歩く早さでしか見えない景色があることに気づいたよ。これは町の
空気みたいなものかな。

プーミョンだってずっと自転車に乗りっぱなしじゃない。自転車を降
りて、お馴染みのたこ焼き屋さん、勤務先のちっぷり作業所などにはい
っていく。町の空気を嗅ぎ、ときに空気をかきまわす。知的障害をもつ
とされるプーミョンが、もたないとされる人びとへ質問を繰り出す。答
えを聞いても容赦なくまた質問攻め。

ぼくはこんなん近くに居たらカナワンでえ、と正直おもったね。質問
者の意図がよく分からないからまともに答えていいものかどうか、ぼく
なら悩みそうだ。質問が発せられると、世の中の忙しい時間が停まった
ように見えたね、あれは不思議だったなあ。

話さない重度の障害児とされるシンクンの意思をなんとか分かろうと
して、じっくりと時間をかける学童保育のスタッフに「メッチャ」共感
を覚えた。あのような時間のなかにいる者の特別な心地は、重症心身障
害児といわれた娘と暮してきたぼくにとって切なく懐かしいものだった
からね。

この映画は自転車乗りの楽しさを憶いださせてくれた。そして生野と
いう町の不思議な空気。あれはわがジャパンのどこにもないよ、スペシ
ャルだね。どんなくどい質問にも懇切丁寧にやわらかく答えようとする
親愛なる人たちが暮している町・生野。

プーミョンのお母さん(オンマ)のノさんのように、韓国からやってき
た人たちと、昔から住んでいるザイニチ(韓国朝鮮)の人びとが、この町
を暮しやすく変えてきたのだと、ぼくは勝手におもっている。

辛い、淋しい、哀しい、悔しい、貧しい。そんなお互いの事情を察し
て扶けあう空気がここにはある。一時、娘のことで生野に出入りした経
験のあるぼくにはそうおもえてしかたがない。

プーミョン「行きつけ」の自転車屋のイリエさん。お元気そうですね、
思わず画面に挨拶しそうになった。スペシャル仕様のあまね自転車の製
作時にはえらいお世話になりました。

いつだったか、ママチャリやミックス型の自転車は漕ぐのが大変で重
たいんですよ、と教えてくれはりましたね。ここはひとつ、漕ぐのが楽
な軽快な走りの自転車を手に入れて、昔みたいに生野まで走って行きた
いなあ。そんなとき、自転車のプーミョンに出合ってしまったら、ハハ、
ぼくは路地を曲がってヒョコヒョコ逃げ出すよ、きっと。

ぼくおもうに、杉本信昭監督はもうこれから生涯ずっとプーミョンだ
けでなく、障害をもつとされる人びとから逃れられない。気の毒になあ、
ハハ、あとひき三味線ですわ、べんべん。

〇公式サイトから「自転車でいこう」story転載
東京では12月から上映されていて続映中みたい、ほかに名古屋とか新
潟もでていました。最新の劇場とスケジュールはこのサイトで確認でき
ます。クリックしてみてください。「そぞろ通信」に帰ってきてよね。
http://www.montage.co.jp/jitensya/index.html

【「家、ドコ?」】

質問することが、プーミョンのあいさつだった。
李 復明(リ・プーミョン)は二十歳。大阪の生野区に住んでいる知的
障害者。よくしゃべり、よく動く。プーミョンの仕事は福祉作業所の営
業係だ。毎日毎日自転車を漕いで街へ製品を売りに出かけるのだが、行
く先々で誰かに話しかけ営業を忘れてしまう。たこ焼き屋のお婆ちゃん、
自転車屋のおじちゃん、フォークリフトの運転手、喫茶店のおばちゃん
・・・ということでプーミョンの営業成績はかなり悪い。一日の仕事を
終えると、彼は必ず街中の学童保育所に立ち寄る。健常児と障害児を一
緒に保育する「じゃがいもこどもの家」だ。ここのスタッフはみんな彼
と同年代。プーミョンとスタッフとこども達の賑やかで普通の付き合い
が、街の人々とともに過ぎていく………はずだった。
実はプーミョンには非常に狡猾な一面があり、自分のやりたいことに対
してはあらゆる手段を使って一直線に突き進む。次第に周囲との摩擦が
増え、人々は真剣勝負で彼に臨むことになる。果たしてその行く手にあ
るのは………

〇第七芸術劇場(大阪・十三juso)1/31上映開始
http://www.nanagei.com/movie/schedule.html

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■2■家事細見帖|おせち料理の巻.........................岡本尚子

黒豆のふつふつと愛たくさんに

さあ、年末。ああ、困った。「そよ風のように街に出よう」の原稿を
三本同時に書き進めているところだが、おせち料理はさけて通れませぬ。
正月に誰が来ても、それを出しておけばよいし、家族にも三食、それを
出して、あとは簡単なものですませられる。

 それに全員、おせちが好きである。毎年、最後の三日間で作る。この
三日間の午前中は子どもたちに遊びに行くことの禁止命令を出す。私の
指示で、ごまめをいったり、ごぼうをたたいたり、大根の千切り…。

 最初の日は黒豆と紅白なます。火の番をしながらゲンコーを書けた。
まずはホッ。

 次の日、十九歳の娘が「お母さん、レシピちょうだい。あとは消えて
いいよ、じゃま」。ひええー。助かった。ゲンコー書こ。でも。「あん
たら、黙ってやりや。つば飛んで料理くさるわ」。「へーへー、向こう
行って」。五人の子たちはそれでもワイワイガヤガヤ。つば飛ばしまく
り。つまみ食いし放題。

 ええい。目をつぶってー。次の日も、目をつぶってゲンコー。

 毎年きたえてるだけあって、見かけは例年どおりの出来上がり。やれ
やれ。つばたっぷりのおせちを、元旦からお客に出しましたワイ。ハハ
ハ。

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■3■天音堂ギャラリーschedule 2004年2~3月

★★【石井一男展 女神たち】
市井に隠れ棲み、孤独な精神を支えたまるで「行」のような画作。島
田誠氏による発掘、四十九歳で初個展開催(1992年)。彫琢を極めた石井
さんの女神たちを見る人は、そこにわが心の女人像を重ねることでしょ
う。……私にとっては亡き娘の天音でした。[天音堂/山口平明]
協力:ギャラリー島田(神戸ハンター坂)

〇2004.3.12(金)~23(火) 水・木曜日定休(3/17・18)
正午~午後7時 最終日3/23は午後5時まで

○石井さんを発掘したギャラリー島田の島田誠氏が、「埋蔵画家発掘物
語」と題した冊子で書いた文章をサイトから以下に転載します。

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【石井さんとの出会い】島田誠(元・海文堂ギャラリー経営)

受話器のむこうで、内気な声が必死に訴えるようにしゃべっている。

「突然、電話をしてすいません。おたくのギャラリーは、時々拝見させ
ていただいてますけど、先日「ギャラリーインフォメーション」を読ま
せて頂いて、信濃デッサン館への旅に感激しました。こんな文を書く方
なら、私のことをわかってくれるのかと思いまして・・・・」時々胸の病気
を想像させるような咳をまじえながら、彼は延々と喋り続けた。

「石井一男、49歳。独身。年老いた母親しか身寄りがなくて、内気な性
格で、友人もいない。夕刊を駅へ届けるアルバイトを続けながらただひ
たすら絵を描いている。でも体調も悪いし、あまり先がない予感もする。
絵を見ていただくだけでよいから」

あまりに暗い話し振りに、途中で電話を切るわけにも行かず途方に暮
れてしまう。すがりつく声に、「ともかく、一度資料か絵を持って訪ね
てきてください」と電話を切る。やりとりに耳を傾けていたスタッフが
「変な電話ですね」と肩をすくめてみせる。

こうした仕事を続けていると、作品を見てほしいという話は、しょっ
ちゅうある。それにしても、誰にも習ったこともなく、発表したことも
ない、ど素人さんでは仕方ないではないか。せめて元気づけてあげるく
らいしか、ぼくにできる役はない。そして、その話は忘れてしまった。

数日して、画廊に、白いシャツに紺のズボンをはいたこざっぱりした
格好で、キャリーに絵をくくり付けた、顔色の悪い男が現れて「石井で
す」と名を告げた。緊張して硬くなり、余計に変に咳き込む彼を促して、
ケース一杯に詰められた100点近いグワッシュ(水彩絵の具の一種)を、
時間がかかるな、と溜め息をつきながら手に取る。2枚3枚、と繰って行
くうちに、今度はこちらが息を呑む番だった。これは素人の手遊びとは
とても言えない。どれも3号くらいの婦人の顔を描いた小品だけど、孤
独な魂が白い紙を丹念に塗り込めて行った息使いまで聞こえてきそうだ。
どの作品もが、巧拙を超越したところでの純なもの、聖なるものに到達
している。思わず「なかなかいいですね。」とつぶやいてしまう。本当
は「すごいですね」と言ってあげたかったのだけど、何しろ世間から隔
絶されていきているようにしか見えない石井さんに、急激なショックを
与えてはいけない。

持参の油絵も頑固で禁欲的なマチエールをもった作品で、これもいい。
これだけの作品を描ける人が49歳まで、どこにも作品を発表せず、完全
に無名で、かつ展覧会を何度も開けるくらいの高い水準の作品を描き続
けていたとは、信じられない。そして、石井さんとぼくを結び付けた
「信濃デッサン館」の不思議なご縁。この段階で、そのことはおくびに
も出さず「近いうちに、もう少し作品を拝見しに、アトリエへ伺います」
と、涙を流さんばかりに目を輝かせている石井さんに伝えて、この日は
別れた。

発表するあてもない作品は、「無名のままであり続けて風化して土に
帰ればよい」という言葉そのままに、一点としてサインもなく、まこと
に潔い。それにしても信じ難い思いに取り付かれる。[島田文kokomade]

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■4■編輯後記|山口平明

■メールマガジン「そぞろ通信」は、娘の天音が死んで一年たった二〇
〇一年十月に創刊。去年10月号はギャラリーのことで出せなかったけれ
ど、12月に二回出してなんとか辻褄を合わせた。
それで今年は毎月十六日に発行していこうと決意していたが、やはり
時間がやりくりできずこうして月末近い発行となってしまった。まあど
うにか「自転車でいこう」の大阪上映に間に合ってよかった。
■カメリアーノ展が終わった翌日から発熱と頭痛で、先週後半は病臥。
日曜日は姉の一周忌法要。母のも天音のもそのたぐいの儀式を省いてき
たのに、姉の法事とはねえ、と治りきらない躰を起こしてやっと神戸へ
出かけた。お昼御飯をよばれて三宮までひとり戻った。
足は湊川へ向かう。せっかく病み上がりをおして遠出してきたのだか
ら、石井一男さんの暮すこの町に来たくなったのだった。石井さんは制
作中だったらしい。でもねえ、喫茶店を二軒も梯子しました、やりまし
た。ほとんど愚生ばかり喋っておりましたがね。ハハハ。
■今号を初めて受信されたかたで、今後は配信不要という場合はご面倒
ですがメールで一報ください。ではまた。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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月刊【そぞろ通信】1月号_#28□2004_1_28発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻113号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)

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*「そぞろ通信」梅だより号ココマデデス。あなたの近況お便りください。
[PR]
by amanedo_g | 2008-08-29 19:30 | haymay 山口平明
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