【平明文集】☆「そぞろ通信」33号☆2004-6-16 配信分

〇堂守こと山口平明が過去に書いたテキスト(文章)を再録転載しています。
ご興味のあるかたは、左下のMoreをクリックしてご覧ください。






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★そぞろ通信★6月号*2004_6_16
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]連載《2》十八歳、天音の四季をたどる《2》_/~山口平明
[2]再録「草の根通信」/生きているだけで頑張ってる_/~山口平明
[3]連載[家事細見帖] 洗濯機ガの巻_/~岡本尚子
[4]編輯後記[ここから読むのはシブイ]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《2》[一九九九年五月]

【夫の病気で得た覚悟】山口平明

★五月一日★地域振興券で買ったデジタル式の体重計で、天音の体重
をお風呂上がりに計ってみる。バスタオルにつつんだ天音を抱いた私が
のって計測し、その数字を記憶しておいて天音をソファに横にしてから
バスタオルをもって私だけ計りその数字を引くと、天音の体重がでると
いうわけである。

 七・五キロ、春先には八キロをこえていたのになあ、と夫婦して溜息
をつく。まあせめて七キロをきらないようにしなくちゃね、と私が気を
とりなおすようにいう。それにしても私も痩せてしまった。現在の五十
三キロは倒れる前より十三キロも減った。ズボンのウエストが十センチ
も細くなり、古いバンドをひっぱりだしてぶかぶかするのを締め上げて
はいている始末。

 娘も父もガリガリに痩せこけているというのに、ヒロミさん一人豊満
な肉付きを誇示しておられる。私の前では新調の体重計にのろうとされ
ない。真田山プールへ週一回泳ぎにいってはや三カ月がたつ。水泳は気
分転換の効果は大きいが痩身にはまだまだのようである。「ぷよんぷよ
んの贅肉がすきっとした筋肉にしまってきている」というのがヒロミさ
んのかなりゆるい自己評価である。そういわれてみればそう見えなくも
ない。楽天家の妻君の強い影響下にある私なのである。

★五月二日★なにがゴールデンウイークか、わたしら十八年間まった
く関係ない暮らしよ。テレビで海外旅行に出かける家族連れの様子を見
ながら、ヒロミさんは愚痴ともぼやきともつかず昨夕ひとりごちていた。

 でも今日は日曜日でプール行き、いつも平泳ぎなのに、今朝は不得手
のクロールだい、二十五メートルを二往復して、次は得意の平泳ぎをな
んと一キロだぜ、参ったか。水からあがるとジャグジーとサウナで仕上
げだ。

 帰ってくると父も娘も蒲団のなか。カーテンも窓も開け放ち、寝ぼけ
娘のオシメを外し着替えさせる。この手順はゴールデンウイークも日曜
日もへったくれもない。さあさあいつもの天音との格闘に突入である。

★五月五日★遠方の友人が送ってくれた魚の干物を、市内の友にお裾
分けしようと独り散歩に出る。友人夫婦が暮らす西成区の釜ケ崎へは地
下鉄で三駅先だが、思いきって歩いていってみようと自宅から南へ向か
う。貧乏でも暇はあるので、少し遠いけれどゴールデンウイークの最終
日はウォーキングで行楽にかえようとの思いつきだ。ウォーキングとい
ったところで単に距離が長めの散歩にすぎないけれど。

 炊き出しや夏祭に使われる三角公園はカマのおっちゃんがあふれるほ
どいて、わしらかてゴールデンウイークなんて関係ないでえ、とばかり
そこかしこにたむろしている。私もむさくるしさではひけをとらないお
っちゃんなんであるから、公園を歩いてもその風景にまぎれこみとけこ
んでいるにちがいない。一時間ばかり歩いたので小便がしたくなった。
公園内の公衆便所を借りて用をすませる。意外ときれいであった。

 友人夫婦は二人とも横になってうたた寝していたようで、近くの行き
つけの食堂へ誘われる。食堂というよりもレストランといったほうが相
応しい上品なお店である。貧者同士の心あたたまる歓談のひととき。話
の内容は忘れたというよりも覚えられない、これも脳の病気のせいか。
頂き物を届け夕食をご馳走になって、私はすこぶる幸せな気分で地下鉄
をはりこみ家路についたのであった。

 妻君はこの夜いってのけたものである。「やっと連休も終わりね。連
休なんかなかったらいいのに。テレビも新聞も旅行や外出の話ばっかり、
空港や駅で何人がどこそこ方面へ出かけたといって世間の皆だれもが旅
行しているように思わせるんだから」などと、随分なお腹立ちである。
今日は水曜日なのに祭日で銅版画教室がお休みというのも災いしておる。
ほろ酔いの私は、触らぬカミサンに祟りなしで「ほんまほんま、なあ」
とすかさず同意するのでありました。

★五月十二日★水曜日である。楽しい嬉しい銅版画教室である。お馴
染みのヘルパーさんに天音は抱っこしてもらうし留守番の夫は外食して
くれるし、二週間ぶりにお出かけお出かけ、楽しいな。

 画家ヒロミさんは天音をモデルにした絵ばかり描いている。でも教室
で制作作業に没頭していると、不思議なことに天音のことも家庭のこと
も忘れて「気分がリラックスできる」のだそうだ。ヒロミさんにはもと
もと手仕事に集中する工芸家のような気質が備わっているのかもしれな
い。

 天音はお昼前後に起こしてもらい、いつものように哺乳瓶での食事を
母に食べさせてもらうのだが、今日はなかなか飲めない。天音がうまく
飲んでくれないと徒労感におそわれ心配にもなる。あまり肩のこらない
妻君もさすがに肩こりにとりつかれる。教室へ行くのに準備をしなくて
はいけない。あれこれ用事も思い浮かぶ。不機嫌にぐずり身をよじりな
がら泣きわめく天音の抱っこで身動きはならない。イライラはつのるい
っぽうだ。午後四時近くにやっと思いだしたように勢いよく飲みはじめ
る。

 こんなときは思いきってヘルパーさんと夫に天音を託して、教室に出
かけてしまうことだ。このように思いきれるようになったのは、夫であ
る私の発病によるところが大きいという。

 突発事態はどんなに防ごうと努力し頑張っても起きるときはお構いな
しに起きるもの、これは妻君ヒロミのこのところの諦念であり覚悟でも
あるらしい。自分の留守中に天音に異変が起きてもそれはそれで致し方
のないこと。自分にだって今このときを生きたい意思があるのだもの、
やりたいようにやらせてもらってもいいじゃないか。

 さて私の覚悟はというと、他人へのサービスをつつしんで、自分本位
に生活をしていくということだろうか。療養中でありかつ弱者の私とし
ては、かつてのように他人さまへのサービス精神(お節介)が自身の心
臓の心房細動を呼びこむことにならないよう、そして脳卒中の発作を引
き起こさないよう生きていくといったあたりだろうか。得難い体験であ
る拾った命の活かしかたをどうすればよいのか、まだまだ死んではおれ
ないのである。
★五月十六日★毎月第三日曜日はマンション(全98戸)の管理組合の
理事会である。同じ階の各戸で順番に役員を一年間つとめている。妻君
のプールは昨日すませていて、午前十時からの理事会には私が出席した。
男ばかりの集まりだ。管理を請け負っている管理会社の担当社員と管理
人も同席する。

 風俗産業のピンクちらしが集合ポストに投げ入れられるのは困ったこ
とだと話題になる。郵便物を取りにいって手にしたちらしの妖しい女体
の写真に思わず見入ったことも一再ならずある私としては、困った人は
私です、と心で思ったのだった。

 完成と同時に入居したこのマンションも、一九九八年末で築二十年に
もなる。入居時の一九七八年末は私三十六歳、妻君三十四歳、天音はそ
の二年半後の一九八一年六月に生まれたのだから、二十年前は七十四歳
の母(明治三十七年生まれ)と三人暮らしだった。住人だけでなく建物
も古くなってスラム化が心配されている。

★五月二十日★私たち夫婦そろって原稿を書かせてもらっている季刊
雑誌の女性編集長MHさんから電話が入る。ヒロミさんの銅版画を三点、
注文に応じて送ったのへ、本日届いたという報告と「よかったわ」とお
褒めの言葉もそえての電話なり。

 画家ヒロミとしては、絵にかかる出費(月謝、用具代、紙やインクな
どの材料費、額代)はなるべく自分で稼いでいきたいと考えている。作
品を買ってくれるといっても、友人知人の誰彼であるから、まるで奉加
帳を廻しているようなものである。それでも褒めてもらうと嬉しい。ま
たまた意欲がわいてくるのである。

(初出「草の根通信」一九九九年八月号、単行本未収録)

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■2■生きているだけで頑張ってる
松下竜一主宰発行のミニコミ「草の根通信」2004年6月号から山口
平明の一文を再録 (7月号で休刊になります)

★……松下竜一さんが倒れられて早一年になる。
臨時編集体制を組まれて「草の根通信」は発行されつづけた。
編集の任にあたられた三人は、それぞれに本業をもっておられる。
よくまあ一年も発行されたこととおもう。
編集は大変な仕事であるのは、ぼくも飯食い仕事にしていただけによく
わかる。
話のできない松下さんとよく「話しあって」、ついに休刊を決められた。
6月号と7月号が休刊にあたっての特別号となる。
私は三人のうち梶原得三郎さんから「書きませんか」と電話をいただい
て、かつて書かせてもらったお礼と自分の近況報告を書いた。
他者に「頑張れ」とは言わないが、自分は弱っていても「頑張らない」
わけではないということを書いてみたつもりである。
以下に、「草の根通信」に書かせてもらった私の文章をここにのせる。
縦書きで書いて縦書きで掲載された文章である。
ここでは横書きであり、メール特有の改行をいれたため、ずっと印象が
ちがって見えるのはいたしかたないところ。[平明記]……★

《ココヨリ再録文》
【気力うせおだやかにやすらかに】 山口平明

 わたくし、ここんところ隠居ちゅうか、隠退のつもりでおります。蟄
居とも引き籠もりともおもってくださいな。それも一時のことじゃなく、
死ぬまでずっとですわ。いままで娘のジュウシン天音がおったから、た
いがいこの世の中でめだつのもいたしかたなしとしておりました。

 されどされど、「草の根通信」で書かせてもらっていたときの主役で
あった当の娘が二〇〇〇年十月に死にまして、あの世とやらへ「先立つ
不幸をお許しください」ともにゃんともいわずに十九歳余で旅立ってい
きよりました。

 ここからですわ、もともと持ち合わせが少なかった気力がもうきれい
に失せました。こればかりはどうしようもないですな。死んでしまいた
いけどそこまでうってでる元気も勢いもない。まあまあそないにいわん
と生きていかんとしゃあないがな、と己にいいきかしまして、なんとか
かんとか誤魔化しつつここまで三年有半やってきたようなわけでして。

 え~、あんた、去年の秋、天音堂ギャラリーたらいう画廊を、家の近
所のビルの六階につくってえらく元気にやってるというやないですか。
(電話06-6543-0135)

 さ、さ、そこです。こころがぼわーとしてここっちゅうところに定ま
らんから、なんぞこころの落ち着き先をもうけて、そこで余生のおつと
めでもやっていこかいな、と愚かにも考えたような成行でして。

 べつに画廊を事業として成功させよう、なんてさらさらおもてません。
もちろんそんな才覚も意欲もありませんのは折り紙付きですけどね。

 金がないのもありますが、私も妻君もお墓はいらん作らんと決めてお
ります。一九四五年八月六日、アメリカ軍の空爆で殺された父も、一九
九六年三月に九十二歳で死んだ母も墓はありません。出自である広島県
福山市の檀家寺にいっても、先祖の墓は整理されてありません。はかな
い(儚い、墓無い)人生、と駄洒落をゆうております。

 父の骨は遺体が不明だからもとよりありません。広島市平和公園にあ
る原爆慰霊碑でしたか、あっこがまあ父の墓になりましょうか。

 ところが、母のも娘のも遺骨はあるのでこれをどうするか、いささか
思案のしどころです。海か山へ散骨もありでしょうが、そんならいっそ
インドかあっこらの河へ流すのもええかいな、なんて出来もせんことを
おもったりして。でやっと思案の果て、母の骨は大阪市内のお寺の共同
墓へ納めることとしました。まだやってませんが。

 さて、天音の遺骨はどうするか。私ら夫婦が生きているあいだは、手
元においておこうときめました。そこで生前、天音にかかわりのあった
かたがたにお参りしてもらえるような祈念の場所に祭壇をしつらえよう
と考えました。自宅ではなく、ちょっぴりあらたまった空間がいいとお
もい、あの子の暮らしたここ大阪南堀江でマンションの一室に祭壇、と
いうてもそれまで私が使っておった書棚を転用して遺骨をおき祈念室と
いたしました。

 私が「草の根通信」に書かせてもらったのは、一九九四年十月からで
した。一九九七年七月には、不整脈に由来する脳梗塞で倒れ手術したと
きはちょっとお休みしましたが、娘が死んでしまったあと、たしか二〇
〇一年のはじめまで七年近くにわたって、埒もない雑文を載せてもらい
ました。

 松下さんに「書きませんか」といってもらったとき、私はほんとに嬉
しかった。松下さんは、ヒロミさんでもどちらでもいいとのことでした
がね。そのかわり挿絵は彼女に描いてもらうようにしました。(現在、
画廊にはヒロミの絵をかけております。)

 毎月、天音と暮らしながら飯食い仕事をして、そのうえで文章を書く
のはなかなかしんどいわざでした。ここで文章修業ができたのでしょう
ね。また、ヒロミはやはり毎月、挿絵を描いていくのは、とりわけ銅版
画にしてからはよくやりました。父親の私よりもっと大変な日々でした
から、ほんとによくやりとげましたね。それもこれも「草の根通信」で
まっさきに松下竜一に見てもらえるとおもえばこそ、懸命になれたので
した。

 頑張るのは己のうちに秘してやればいい。私は他人に頑張れとはいま
はとくによういいません。恥じらいのひとにはよけいそうです。大いな
る業(わざ)をなしとげたひとは、おだやかでやすらかな日々を余生の
なかに見いだして生きていってもいいのではありませんか。

 まるで休刊の感想になってなくてすんません。誌面の場所ふさぎごめ
んなさい。(初出 「草の根通信」2004年6月号)

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■3■連載[家事細見帖]洗濯機ガの巻_/~岡本尚子

百枚の 洗濯物よ 梅雨晴間

洗濯物をしない日はない。病気で寝込んでいても家人がする。雨の日
でも台風の日でも、家の中の洗濯ロープに干す。オシメが干してある中
でメシを食っている昔の写真を発見して笑ってしまった。

「洗濯は洗濯機がしてくれる」と人は言うが、本気で言っているのか。
くつ下の汚れや、えり、そで口、シミ…。それは、手やブラシでゴシゴ
シしないと取れないゾ。洗濯をしない人たちは全部洗濯機がしてくれて、
簡単じゃないかと思っているのかと思うとクヤシイ。

家の中でも乾かないようなじめじめした雨が降ると、次の日は百枚を
越える洗濯物が外に並ぶ。うれしいか? うれしくない。これをたたん
でタンスに入れるという作業…。ゾゾーとする。リサイクルは果てしな
く続くのだ…。

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■4■編輯後記henshukoukiシブイコーナー やまぐちへいめい

◇[1]の文章は、一九九九年、天音が生きていたときに「草の根通信」
に毎月連載で書いていたものです。単行本に未収録分を「そぞろ通信」
に再録していきます。今号はその第二回目。

また[2]は、同じ「草の根通信」が、発行人・松下竜一さんが療養に
専念のため休刊となり、ひとまず休刊特別号として本年六月に発行され
ました。かつての執筆者ということで、ぼくも書かせてもらった一文を
転載しました。

◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの日記に書いて
います。ここんところ駄文ながら毎日書けています。忙しくなればとだ
えるけれど、いまが読みどきであります。

「そぞろ通信」の再録転載の文よりも新しい文を読みたいと思ってい
ただける読者さまは、ぜひこの日記のほうを読んでくださるようおすす
めします。タイトルは、【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】とい
います。ヤフーやグーグルなどの検索サイトでこの言葉を入力してもヒ
ットします。次のアドレスをクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

ここへ飛ぶと、左端のメニューに「更新お知らせ」という項目があり
ます。そこであなたのアドレスを登録していただければ、サーバーから
更新時(ぼくが日記を書いたとき)に、あなたにメールで「更新されまし
たよ」とお知らせがいきます。その本文中のアドレスをクリックすると
ぼくの日誌に飛びます。読みたくないとか、忙しいときはクリックしな
ければいいだけです。登録解除も簡単にでケます(T-T)

急に決まった企画あるいは飲み会の告知、緊急の助っ人のお願いなど
を、この日誌に書いていきます。ご面倒ですが、ぜひ登録をお願いしま
す。こき使われ隊志望者[愛称・天音堂クラブ、略称・アマクラ]は必須
でっせ。ケータイにも対応しています。もちろん無料です。よろしくよ
ろしく。

◇今号はたいへん長くなりました。パソコンの画面で読むのは眼が疲れ
る、どうも苦手だ、などと思われるかたは、紙に印刷して読んでくださ
い。とはいえ、ぼくは紙はもううんざりの心境ですが。そういう点では、
パソコンはなかかいいものです。まず文書の保管に困りません。

キーボードもなんとか慣れてきました。欧米人は昔からタイプライタ
ーですもんね。いまでは原稿を手書きでやるなんて考えられません。で
もパソコンがなくても生きていけるのはあたりまえ。ぼくにとってパソ
コンとインターネットはすっかり病後/老後の楽しみとなっております。
ではではご愛読たまわりますように…。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
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月刊【そぞろ通信】6月号_#33□2004_6_16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻117号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」梅雨の晴れ間の六月号ココマデ。近況お便りください。
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by amanedo_g | 2008-09-03 00:10 | haymay 山口平明
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