![]() 天音堂をいつまでもこのまま、使用しないで放って置くのは本当にもったいない。 私のアトリエに使用する案は、さんざん考えた末に却下した。 売却するにしても、賃貸に出すにしても、 私たちの荷物を何とかしなければいけない。 今年1年を目途に片付けようと決意した。 そんなわけで、私は作品を置いておくためのトランクルーム探し。 家の近くの南堀江にもいくつかあるけれど、なるべく低家賃でと思うと、 隣の浪速区に手頃な値段の物件があった。 ![]() 内部見学に行ってきたが、とても、すっきりして美しい。 見学している間にも、いろいろな人が、いろんなものを持ってやってきた。 子どものおもちゃみたいな箱、衣類、ほとんど引っ越しのような家具、など。 もうひとつの押し入れと思って使っている人が多いです、と担当者。 町に住むというのは、狭さをこんな方法で解決するのだ、と感心した。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-31 21:21
| diary ヒロミ日記
![]() 一昨日が土用の丑の日だった。 スーパーには、山のように鰻の蒲焼きが並んでいた。 しかし、鰻が高いというニュースが効いたのか、 そのコーナーにほとんど人が近づいてなくて、なんだか避けてるみたいだった。 もちろん、私も避けて通った。 今年の私の誕生日に鰻を食べに行ったら、一人前が確か2500円。 これで並だから、上とか、上の上ならどんな値段がするかしら。 お店で食べることを思えば、やっぱりスーパーで買うのは安い。 僕がごちそうするから、買っておいでよ、と夫。 丑の日の翌日は、捜さなければ見つからないほど、 鰻コーナーは小さくなっていたが、あの山のような鰻は売れたのかしら。 昨日は念願の鰻の蒲焼きを、うち飯で。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-30 19:33
| diary ヒロミ日記
![]() 数日前、やっとミッシェルから無事にパリに着いてます、とメールが届いた。 16日に日本を発ったのだから、もっと早く連絡入れてやと思いながら、 これで、本当にミッシェル騒ぎは無事に終了したとホッとした。 十分におじさんのミッシェルが、パリへ帰った知らせでホッとしたというのも、 大げさみたいでおかしな話だけど。 これにはちょっとした騒ぎがあったのだ。 そろそろ帰りの日程が近づいた頃、僕のboarding passがヒロミのPCに届くはず、 これがないと飛行機に乗れないと、ミッシェルが騒ぎだした。 日本に来てすぐに、エアーフランスに連絡を入れたいと、 私のPCを使ったのだけど、それで、私のPCってことに。 パリで予定通り飛行機に乗れなかったから、 変則的なチケット受け取りになっていたようだ。 結局、そんなメールは私のPCには届かなかった。 明日の早朝に出発というぎりぎりまで、届いてないかと心配するものだから、 こちらまで、心配の虫が居着いてしまって。 最近では、eチケットといって、乗客の記録はパソコンにちゃんと載っていて、 チケットを持っていなくても乗れるらしい。 お騒がせなミッシェルだけど、それがフランス人だと友人が事も無げに言った。 ▲
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| 2012-07-29 22:22
| diary ヒロミ日記
![]() メゾチントは、1度真っ黒な画面を作って、その中に絵を浮かび上がらせる。 その白く浮かび上がらせる程度が、なんかい作業しても難しい。 真っ白にしてしまえばいいというものではない、と思う。 まだ、試し刷りのこの作品は、裸の影の部分が黒すぎる。 まだまだ時間を掛けなければ…。 銅版画は小さな作品でも、油絵の何倍もの大きさに匹敵するほど、 時間がかかり、作業が困難だといわれている。 相手が銅だから、確かになかなか言うことを聞いてくれない。 ときには、パステル画か水彩画のように優しい画材にすればよかったと思うが、 優しい画材もきっと、優しいがゆえに手こずることだろう。 裸を描いているので、オリンピックの水泳選手の美しい裸がすごく気になる。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-28 21:45
| diary ヒロミ日記
![]() パリ展のヴェルニサージュに来てくれた、リヨン在住のtieta4u(ブログ名)さんと大阪で会った。 お母さんが手術をされるので、急遽帰阪されたのだったが、 こんなに早く、また会えるなんて、それも大阪で。 彼女とは、ヴェルニサージュが初対面だったから、今回2回目の逢瀬になる。 難波のおでん屋で、やっとゆっくり話ができて、 お互いのことが少しわかって、ぐっと親しくなった。 私は、天音との暮らしや天音の小さな身体のことなどを話した。 アトリエ・シエンヌの壁に描いたパステル画の天音が、 きっと強烈に印象に残っていたんだと思うけれど、 そんなに小さな女の子だったと知って、 おとぎ話みたいねと。 いっぱい、いっぱい話をしたけれど、この言葉が強く印象に残った。 おとぎ話みたいね、って、天音との暮らしをこんな言葉で言った人は初めて。 天音が亡くなって、10年以上が過ぎて、 今、思い返せば、おとぎ話のような暮らしだったかしら。 いつまでも、体重8kg、身長90cmの女の子。 主人公が小さな身体のおとぎ話なら、日本では一寸法師、 西洋なら不思議の国のアリス。 私たちは、おとぎ話の世界に生きていたかのもしれない。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-27 21:28
| diary ヒロミ日記
![]() 天音堂へお客さんをお迎えするのは本当に久しぶり。 少し早く行って、クーラーを付けたり、絵を掛けたりしてお待ちした。 いらしたのは、友人とその若い友達。 その若い友達、のりこさん、とは初対面。 のりこさんは、2010年から1年間、フランスへ留学されていたとか。 今の私と、のりこさんはきっと話が合うだろうという、友人の配慮だったか。 話は、フランス人気質とか、フランスの最悪な郵便事情など、 友人の目論みのように、大いに盛り上がった。 のりこさんは、大学で美術を専攻していて、今年から学校の美術の先生。 もちろん、作品も描いている。 私の孫と言ってもおかしくないぐらいの年の差があるけれど、 美術に関わりがあるということでは、一気に年の差が縮まった。 あまりに話が楽しくて、写真を撮るのをすっかり忘れた。 彼女の作品を写真に撮っておくべきだったのに。 それで、友人がお土産に持ってきてくれた美しいぶどうを。 このぶどうのように、キラキラ輝いてまぶしいぐらいの若さだった。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-26 23:41
| diary ヒロミ日記
![]() 銅版画制作もパソコンも座ったままの作業、その上、 暑い夏はクーラーの効いた家にいるのが最高なんて言ってたら、 体重が増えるし、体力は落ちるし。 これではだめだ、と一発奮起して散歩で汗をかこうと決めた。 よし、日も落ちたし、さあ出かけようとしていたら、 テレビに天神祭の船渡御が映っていた。 これこれ、自転車で近くまで行って歩こう。 天神橋が見えるあたりで自転車を止めて、すごい人混みの中へ。 ![]() 浴衣を着ている若い子たちがたくさんいたけれど、 胸ははだけて、裾は開いて、髪は今風にバサバサ、 とても美しいとは言えない女の子たちがいっぱい。 ちょっと粋な浴衣姿のお兄さんを見つけた。 角刈りで、裾をパッパとさばいて、歩く姿もいいなあ。 でも、肩がぶっかった人に、おんどりゃ、だって。 もう、浴衣を着こなす人は渡世人の世界にしかいないのかしら。 花火が始まったけれど、もっと上流までいかなければ花火はほとんど見えない。 群衆がぞろぞろ動き始めたのをきっかけに、 私は家に向かって、自転車で走り始めた。 ▲
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| 2012-07-25 21:31
| diary ヒロミ日記
![]() 先日、友人からの誘いがあって久しぶりに会うことができた。 30代の初め、お互いに教師として同じ職場で出会った。 その後、私が仕事を辞め、天音の介護で大変なときも、 なにかと連絡をくれて、いつも同じ距離で付き合っていた。 私にとっては、本当に親しい友人。 それが、今年に入って突然の乳がんの宣告。 現在、抗がん剤の治療を受けていて、しばらく会えなかった。 抗がん剤の治療がどんなに辛く、きついかと話に聞いていたから、 彼女の元気そうな顔を見て、本当に嬉しく、ホッとした。 いつものように、病気の話、治療の経過、これからの暮らしなど、 矢継ぎ早に話す彼女を見て、きっとこの事態を乗り越えるに違いない、 むしろ、この病気を体験していることで、これまでとは違う、 もっと彼女らしい暮らしに向かうのではないかとさえ思われた。 私ぐらいの年齢になると、ほとんどの人がなにか、 病気や怪我やもろもろの困難など、 自分ではどうすることもできないものを背負うようになる。 どうすることもできないのなら、いっそ、それらと仲良く、 それらを手なずけて生きてていくほかない。 彼女の治療がすんだら、楽しいこと一杯しようと言って別れた。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-24 20:58
| diary ヒロミ日記
![]() 蔵書票を作った銅板と同じ大きさ(約3cm×12cm)の銅板が、 1枚残っていたので、それ用の大きさの絵を描いてみた。 モデルはもういないので、天音13歳の頃の写真を参考にした。 いつも思うことなんだけど、天音の手や足が本当に魅力的。 この形態は、寝かせたときの自然な姿。 ご機嫌が悪ければ、もっと身体はねじ曲がるけれど、 それはそれでなかなか素敵だった。 昨日のことのように、天音をこうして眺められる幸せを思う。 メゾチントで作業を始めよう。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-23 20:25
| diary ヒロミ日記
![]() 大津中学校のいじめ自殺の真相が、毎日報道されている。 そのいじめのひどさは想像を絶するほどで、学校中が病んでいたとしか思えない。 私が教師をしていたのは、もう何十年も前だし、小学校だったから、 あんなにひどいいじめの話は聞いたことがなかった。 でも1度だけ、こんな経験がある。 6年生の担任をしていた。 1学期末の親子懇談だったとき、ある子どものお母さんが、 子どもを先に帰らせて、こんな話をされた。 うちの子どもがいじめらているようです、でも、まだ頑張れると言ってます。 だから、先生から特別な指導はしていただかなくていいです。 でも、どうぞ見ていて欲しいのです、うちの子どもといじめているだれ君を。 クラスの中で男の子が2つに分かれているなあ、と感じていた。 やんちゃなグループのリーダーが先頭に、穏やかなグループのリーダーを いじめているのがわかった。 お母さんに言われたように、特別ないじめの指導はしないで、 ずっと気にして目をそらさないようにしていた。 卒業の日、そのいじめられていた子どもに、 大丈夫だったと聞いたら、にっこり笑ってうなずいた。 いじめのニュースをテレビで見るたびに、 かしこいお母さんと、まだ牧歌的だった学校を思い出す。 ▲
by amanedo_g
| 2012-07-22 21:23
| diary ヒロミ日記
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